the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

Golden Vol.3/side of Lotus





 グリシーヌ・クリスティン・デヴェレイ。
 母親の違う妹。


 彼女は僕の光だ。


「お兄さま。お勤めが大変なのですか?」
「え?」
「顔色が優れないように見えます」

 居を別にしている妹は、月に二度ほど、週末に帰ってくる。

「最近いろいろ重なってね。確かに少し疲れているのかもしれない」
「もう今夜はお休みになった方が」
「きみの帰省という数少ない楽しみを睡眠なんかで潰したくはない。あぁ、そうだ、『オール・エトワル』のフロマージュを取り寄せてある。アイスワインもまだありましたね、ウェスパシア?」

 ウェスパシア・フラムスティード。我が家のメイドを束ねる長であり、グリシーヌの叔母で乳母――本当は実の母親なのだけれども、諸事情あってそういうことになっている――にあたる。文武に秀でるこの人は、屋敷にいる人材で最も優れている為、執事のような真似事もこなしてくれる。僕が現在の屋敷内で唯一敬語を使う存在だ。

「はい。二十三年産と二十六年産がございます」
「では二十三年のものを。グルナには、そうだな……」
「オレンジアイスティーなどはいかがでしょう。先日千代木さまに試供品でいただいた香りのよい茶葉がございます」
「それでいいかな、グルナ」

 グリシーヌの対面に座る、黒髪の少女――故あって養女にした娘で、グルナという――は、僕をじろりと見る。

「最近ロテュスさまはお酒が過ぎます。飲めないくせに。ウェスパシアさん、皆同じもので。よろしいでしょうか、グリシーヌ姉さま?」
「ええ。私オレンジアイスティー大好き。あ、ウェスパシア。蜂蜜を一緒にお願い。ミカンの蜂蜜がいいわ」
「姉さまは糖分摂取が過ぎます」
「う」


 僕の人生は、彼女を中心に回っている。





     Golden Vol.3/side of Lotus





 腹違いの妹がいると父に教えられたのは、聖クレメンス学園に入る少し前だったと記憶している。ある種の節目のつもりだったのだろうか。通常なら反抗期も始まろうというその年頃に何故教えたのか。まぁ、最低限でしか両親に接していなかった僕であるから、反抗しようだなんて微塵も思ってもいなかったけれど。


 父、ディステル。デヴェレイ侯爵家の嫡男。
 母、オルタンシア。領地が隣にあるバシュロ伯爵家の娘。


 僕の両親は、いわゆる「仮面夫婦」というやつだった。
 父は領地内のあれこれにかかりきり。母はどこかへ出かけてしまったり、貴婦人たちと愛想笑いを交わしながらの腹の探り合い。

 二人の睦まじい姿など見たことがない。

 無理もない。幼い頃から許婚として取り決められていたものの、結婚する寸前までほとんど接触したことがなかったという。

 そしてそんな二人の「義務」として僕が生まれた。

 二人揃ってではないにしろ、それぞれからそれなりに可愛がられたような覚えは薄ぼんやりとはあるものの、親の愛情をほとんど感じたことがなかった僕の願望が生み出した幻なのかもしれないと今になって思う。

 そしてグリシーヌの母であるウェスパシアは、元々バシュロ家の分家の娘で母の侍女であり、腕利きのアーチャーだった。(いや、正確には「だった」というのには語弊がある。彼女はアーチャーとしてはまだまだ現役なのだ。)母が嫁ぐ際に従ってデヴェレイの家に入り、そのまま母の傍らに付いていた。ときにはメイドとして働いてくれることもあった。


 優しく強く美しく、聡明なウェスパシア。誰もが憧れる存在だったのは、言うまでもない。


 それは母も同じだった。


 母はずっと、それこそ父との縁談がまとまる前から、ウェスパシアと一緒だったのだそうだ。

 主従として、親友として、付かず離れず。

 子どもの頃に少しだけ二人が一緒にいたのを見たことがあるけれど、まさに二人の関係性は「徹底的」で「絶対的」だった。


 しかしその弊害か、母の関心はウェスパシアにのみ向けられ続け、父に向けられることはなかった。

 母は父に興味がなかったのだ。


 父はというと、優しい人だった――ように、思う。とはいっても、触れ合う時間を持つようになったのは彼が亡くなる数年前、肺の病が発症してからだから、子どもの頃はどうだったかわからない。(少なくとも、僕が母から虐待を受けていたときに居合わせたら助けてくれていたようだったけれど、なにぶん「そのとき」の記憶が僕にはない。)


 父は、父なりに母を愛そうとしていた。
 それでも母は、必要最低限でしか父に接しようとはしなかった。



 そんな父のことが好きだったのだと、九年前に母の最期を看取った直後、微かに、哀しそうに笑いながら、ウェスパシアは言った。

「オルタンシアさまへの忠誠は、今も変わらずあります。ただ私は、ディステルさまを支えたいと思ってしまった。グリシーヌを産んだことは後悔していませんが、ディステルさまをお慕いしてしまった――これはオルタンシアさまにお仕えすると誓った私の生涯において最も大きな過ちであり、罪です」
「罪だなんて。僕は貴女に感謝している。母が安らいだ顔で逝けたのは、貴女のお陰だ」
「オルタンシアさまが貴方になさったことの原因が私だったとしても、ですか?」



 父は母のことが、母はウェスパシアのことが、ウェスパシアは父のことが好きだった。


 それゆえに、父はウェスパシアに縋り、ウェスパシアはそれを受け入れた。
 そして懐妊したウェスパシアは母の元から去り、数年後にウェスパシアとの間に娘がいると父から打ち明けられた母は父を憎み、その矛先が、「親友を奪った憎い男の息子」である僕へと向いた。



「お前など産まなければよかった」



 虐待の最中のことは全く覚えていない。
 でも、この母の言葉と、その証拠ともいえる傷痕が、今でも残っている。



 一体何が、誰が悪かったのだろう?



 僕は子どもながらに、父が寂しそうにしていることも、母がウェスパシアだけに心を開いているということも、ウェスパシアが父の為に尽力してくれていることも、何となくではあるものの知っていた。
 妹がいると聞かされて、千代木に頼み込んで居場所を調べてもらってこっそり二人で見に行って、ああ、可愛い元気な子だと嬉しくなった。


 きっとこれは、何が、誰が悪いというものではない。
 そう思うと、僕には誰も憎むことができなかった。


 そのうち父が亡くなり、グリシーヌを引き取ると、母は益々荒れた。
 母の気が済むのなら、妹を守れるのなら――僕は耐え続けた。

 それしかできなかった。


 そんな状態だった僕を救ってくれたのはグリシーヌだった。
 家には必要とされながらも母親からは不要だと言われ続けた僕を、家族として必要としてくれた。

 グリシーヌの存在を知ったときに別段憎いとも思わず、寧ろ嬉しいと思ったのは、冷え切ったいびつな形の両親の他に「家族」と呼べる者がいるということに安心感を得たからかもしれない。
 そして、こんな家庭は持ちたくないと強く感じた。


 だったら、力を付ければいい。

 貴族間でよくある政略婚をせずに、自分が選んだ人と一緒になっても誰にも文句を言われない力を。
 庶子であるグリシーヌを堂々と自分の妹だと言い張れる、そしていざというときに彼女のために使える力を。

 甘っちょろい理想、と思われるだろう。
 それでも僕には、原動力として充分なものだった。



 僕はグリシーヌのためなら何だってする。
 それは彼女が他所へ嫁ぐと決まった現在でも、揺らぐことはない。





     <To be continued. → Vol.3/ side of chiyoki>





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 育った環境のせいか彼本人がそういう性質なのかはわかりませんが、愛が重いことに定評のあるロテュスのシスコンの理由でした

 母から受ける仕打ちのストレスと「守らなければ」というプレッシャーのせいで一時期グリシーヌに精神的に依存してしまうレベルにまで達しました(『風舞』第7話参照)が、現在はそれなりに安定しているようです 愛が重いのは相変わらずですが



 オルタンシアとの関係性は、この後お付き合いすることになる紅葉さんに向ける感情に関与してきますが、それはまた別のお話





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半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
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なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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