the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第三話 燃える火 燻る火



 風散の「恋しちゃったかも」発言の翌日、朝早くから梅丸は出かけていった。
 行く先は、シュトラセラト――兄弟の実家・ティーニカ家のある大きな商業港の街だ。
 奇抜な形と抜群のサービスを誇る高級ホテル「オクトパス」の前の広場までやってくると、ベンチに座っていた長身の男が立ち上がった。黒く長いマントに銀色の髪が映える。
「よ、梅兄。意外と早かったじゃん」
 すぐ下の弟の楓だった。
「楓? 俺はちよちゃんに来いって言ったはずだけど?」
「千代木兄は古都で仕事だよ、あっちの方の。代理で行けってさ」
「ちよちゃんがねぇ……そりゃまたでっかい仕事だな。久々じゃね?」
「まー、座んなよ」
 楓は再びベンチに腰を下ろすと、隣をぽんぽん叩いた。
「冷えるかんね、しの姉がタンブラーにシェルパティー入れてくれたんだ。はい、梅兄の分」
「マジで? さすがしのちゃん」
 梅丸は楓の右隣に座った。



     ‐燃える火 燻る火‐



 空は薄曇。
 まだ早朝で人がまばらな広場は、海が近いせいか肌に当たる風が冷たい。
 しばらく無言のまま熱い紅茶を啜っていた兄弟たちだったが、
「どうしよ」
 兄の方が不意に、切り出した。
「俺の記憶が確かなら、だけど……楓、アレ持ってきてくれたか?」
「ほいよ」
 楓は分厚い冊子を梅丸に手渡した。古いものなのか、全体が黄色く変色して表紙はひび割れている。
「丁寧に扱えって爺ちゃんが」
「わかってるよ」
 タンブラーを腿で挟んで固定すると、梅丸は冊子を受け取ってゆっくり開いた。
 そこに書かれていたのは、人の名前と日付、その横にはよく知っている身内の名前。
 それ以外の情報はない。ただひたすら、人名と日付と自分たちの家族の名前だけが綴られている。
「その辺のページ、俺ら生まれる前じゃね?」
 楓が横から覗き込む。
「だな。…………あった」
 とある一人の名を指でなぞる。
「ソール・アルベリック・デヴェレイ」
 その、もう少し横まで指を滑らせると。
「……樹」
 祖父の名。
 兄弟は再び、沈黙した。
 沈黙に耐えかねたのか、楓が祖父の名の上でリズミカルに動く指先と兄の横顔とを交互に見る。
「どしたん梅兄」
「……ここに名前が載ってるってことは……」
「うん」
「だよなぁ」
 紅茶を一口飲むと、楓は冷え切ったベンチの背もたれに寄りかかった。
 梅丸の眉間に皺が寄る。楓が覗き込みつつその皺をぐいぐい押した。
「癖になるからやめろって」
「……家寄ってこうかな」
 一気に紅茶を飲み干して立ち上がる。楓も続いた。
「珍しい。吉野と八重がうるさいからって滅多に寄り付かないのに」
「ジジイに用事があんの。あ、その前にフルドさんとこ寄ってくか」
「大丈夫ぅ?」
 にやにや笑いながら楓は梅丸に並ぶ。
「風散から聞いてんだぜ、梅兄女目当てでギルド入ったんだってじゃん。早く行ってせっせと口説かんとまた他の男に持ってかれんじゃねーの?」
「『また』って言うな!」


 シュトラセラトの高級住宅街のはずれに陣取るように存在するティーニカ家。立派な屋敷に広大な庭、そして商品保管の倉庫と、広い敷地はまさしく「豪商仕様」だ。
 その隣に小ぢんまりした、それでも小奇麗な一軒家がある。
 手入れの行き届いた庭木と花に囲まれ、軒先には茶色い可愛らしい犬が繋がれている。
「ラス、ごはんだぞー」
 深めの皿を持った熟年の男が出入り口から出てくると、ラスは尻尾をぶんぶん振りながらその場で踊るようにくるくる回った。
「今日は冷えるなぁ。やっぱ家に入っとくか? あぁ、そうだ、今度姉ちゃんが遊びにくるってよ。よかったなーラス」
 しゃがんでがつがつといい食いっぷりのラスの頭を撫でていると、気配を感じた。
 見上げたそこには、二人のシーフ。
 男はにへ、と笑った。
「やぁおはよう、梅、楓」
 あっという間に食事を終えたラスが、嬉しそうに梅丸の足元にまとわり付く。
「お久しぶりです、フルドさん」
「ほんとだなぁ。楓はともかく梅は実家にいるときも忙しそうだったもんな。スーの結婚式以来か」
 男――フルドはラスのリードをはずして抱き上げながら、ゆっくりと立ち上がった。くるんと巻いた癖毛が冷たい風に揺れる。
「どうした? 何か深刻な顔してる」
 オリーブグリーンの瞳がきろんと光った。
「それ、過去のリストだな。何でそんなもん持ち出した? たっつんが許してくれたんだろうけど、バレたらいなさんに半殺しにされるぞ? 冗談抜きで」
 にこにこ笑うフルドに梅丸と楓は顔を見合わせた。先程広場で閲覧していた冊子は今、楓が落とさないように懐に入れて外に出してはいない。
「さすが『瑠璃蜘蛛』の元魔法師頭領」
 梅丸は苦笑いする。
「ちょっと、訊きたいことがあってさ」
「まぁこんな寒いところで立ち話も何だ。あがってきな、茶ァ入れるから。ちょうど昨日うまそうなロールケーキ買ったんだ」
「フルドさん、朝っぱらからロールケーキはちょっと……」
「大丈夫、いけるいける!」
「さすがスーの親父……超テキトーだ……」
 フルド・スタインクルーガー――ティーニカ家と家族ぐるみで仲のいい「お隣さん」であり、ソーティスとその姉すずろの父。
 その昔「青炎の魔法師」と名を轟かせたウィザードである。


 いつもの待ち合わせ場所、古都ブルンネンシュティグの噴水前。
 二人は時間通りにやってくると、笑顔と挨拶とを交わす。
「おはよ」
「おはようございます」
「今日はきのこご飯のおにぎりだって」
「まぁ。私きのこ大好き」
 あったかく笑うなぁ――と風散は思う。
 同時に、いつも身内や親しい人に対してやるように思わず抱き付きたくなる衝動に駆られるが、「まだ出会って日も浅い」「街中だし」と必死に自制する。
 これまではそんなことは全く気にしなかった。姉たちとは違うのだし、自分にとても複雑な感情を抱いているだろう彼女のことだから、そんなことをしたらきっと大混乱に陥れてしまう。
「いつもお弁当はすずろさんが作って下さるのね」
 はっ、と風散は我に返った。
「あ、ああ、うん。旦那さんの分だけ作るのはかえって難しいからって、ソーティスの分と天ちゃんの分と一緒に作ってくれるんだ。兄ちゃんと暮らすようになったら兄ちゃん作ってくれるかなーと思ってたんだけど……兄ちゃん俺より起きるの遅いし」
「お兄さん、お料理するの?」
「すんげぇ上手いよ。嫁さんいらないくらい」
「ふふ」
「…………」
(あああぁぁぁぁ抱き付きたい抱き付きたい抱き付きたい抱き付きたい!)
 風散の中で壮絶な戦闘の如き葛藤が始まる。グリシーヌに惹かれ始めているという自覚はあれど、これまでの自分の習性上決していやらしい意味ではないとは言い切れるのだが。
「……どうかしたの?」
 急にフリーズした風散に、グリシーヌが心配そうな顔をする。
「いや、何でもない。……さて、今日はどこで狩ろうかねぇ」
 意識し始めたらキリがない――気を取り直して風散は地図を広げた。
「そうだなぁ……ちょっと今までより難易度高いところ行ってみよっか。ハノブにいるクレブってじーさんがクエくれるんだけど、あれどう考えても初心者ビビらして喜んでるとしか思えないんだよね」
「えっ!」
「だいじょぶだって! 俺もついてくし今のグリシーヌのレベルなら冒険家協会で支援もらってくればすぐクリアしちゃうからさ! あ、確か銀行に火抵抗の石もあったっけ……待ってて、取ってくる!」
 風散は走り出した。見送りつつ、グリシーヌは微苦笑する。
「あんなにお弁当の包み振っちゃって、大丈夫かしら……預かったらよかったかな……」


「フルドさん、これ知ってる?」
 梅丸は「リスト」と呼ばれる冊子のとあるページを開いて見せた。茶の入ったカップを置くと、フルドは示されている箇所とその前後に書かれていることを確認する。
「いや……これ、俺が所属する前だな。そもそもこのソールって人、今の侯爵の曾爺さん? だったかな? 確か先代と先々代は違う名前だったはず……」
 空中で人差し指をくいっと動かすと、一冊の本が現れた。それをぱらぱらと流し読みする。
「……うん、そうだ。今の俺より若い歳で死んでる。となると、それたっつんが若い頃じゃないかな」
「てェと、よろづさんは知ってるよな……フルドさん、よろづさん呼べない? 俺らよろづさんのほんとの名前知らないから耳打ちできねえんだけど」
「えぇー……」
 フルドは困った顔をする。
「去年の初めに『フルちゃん死ねばいいのに☆』って一回耳打ちあっただけだからなぁ……二年ぶりに言われた言葉がそれってどうよ……俺よりすずろのが連絡取り合ってるみたいだから、すずろに頼めば?」
「…………フルドさん、何でそこまで関係悪化してるのに別れないの?」
 楓の突っ込んだ発言にフルドの顔が益々困る。
「まぁいろいろあってな。……一応耳してみるか。おーいよろづー、梅と楓が会いたがってるぞー」
 ごぅっ、とフルドの背後に黒い炎のような影が渦巻く。
 血よりも深く濃い紅色の髪に同じ色の瞳、闇をそのまままとったような漆黒のタイトなドレス――
 美しい悪魔が、そこにいた。
「イケメンに呼ばれちゃしょうがないわね」
 不機嫌にフルドを睨む。氷よりも冷たい視線に怯えることなく、フルドは嘆息する。
「俺が呼んでも来ねえくせに」
「ふん」
 遠慮なくフルドの横の椅子に座る。そして何を言うでもなく、テーブルの上に置いてある冊子と本を一瞥し、次に梅丸を見た。
「ほんとに梅くんは『あと一歩』よねぇ。弟の楓くんの方がシーフとしての腕も顔もいいってどうなの?」
「よろづさんも相変わらずお元気そうで!」
 梅丸は顔を引きつらせ、楓は失笑する。幼馴染みの母ではあるが、彼女は悪魔であるせいか本当に言動に容赦がない。
「ふ、ふふ」
 妖艶に笑いながら、よろづは銀色の長い煙管を出して草を詰めた。ほんのりと菓子のような甘い香りがする。
「そうね、それは私のサポートなしで樹が初めて一人でこなした仕事だったわ」
 火を点けると香りが更に強くなった。フルドが顔を顰める。
「外で吸えよ」
「あら。シュガーローズの葉の煙には精神安定の効果はあっても害はないわよ。『よろづによく似合う素敵な香りだ』なんて言ったのはどこの誰だったかしら?」
 フルドは苦々しく舌打ちした。いつ夫婦喧嘩が勃発するかと梅丸と楓はびくびくしている。
 しかしフルドに構うことなく、悪魔は兄弟に目を移した。
「ソール・アルベリック・デヴェレイは侯爵としてはよくやっていた方で、領地の民の評判もそう悪くはなかったわ。ただ、今よりも財力と権力があったし、当時のナクリエマ王とも親しく発言力があったから、一部の貴族には嫌われていた。今では見る影もないけど」
 ふぅ、と細く煙を吐き出すと、当時を思い出したのか視線を遠くにやった。
「だから依頼がきたのね――彼を殺せと。そしてそのソール・デヴェレイを」
「うちのジジイ――樹・ティーニカが殺した」
 梅丸の呟くような言葉に、よろづは口元を歪めるように笑った。





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 えっ グリシーヌにとって風散の家は仇!?

 さてどうなるどうなる。






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中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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