the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第十五話 疾風




 五年前、ゴドム国立学士院。

「今日もお迎えご苦労様です、お兄さん」
 実験の数値測定がもう少しで終わるから待ってて、と風散に言われたのでエントランスホールの長椅子に座っていると、院長から声をかけられた。梅丸は立ち上がって頭を下げる。
「あ……弟がいつもお世話になってます」
「ちょっと、よろしいですかな?」
「……はい」
 中庭に連れ出される。渡り廊下の向こう側に見える空が赤い。
「あの子に何かありましたか」
「え」
「最近、妙にぼんやりすることが多くて……これまで実験や論文のことで少し行き詰まることはあっても、深く沈むようなことはありませんでしたからな。単にそういうところを見せないようにしていたのかもしれませんが」
 それはない、と内心苦笑する。末弟はすぐに表に出すタイプだ。
 しかしそれだから、ここしばらく落ち込んでいるようだというのは身内もよく知っていた。が、肝心の本人は何も喋ろうとはしない。
「まぁ……一応そういう年頃ですからね」
 適当な言葉で濁す。

 本当は、何となく察しはついていた。

 何日か前、風散が真夜中に空腹を訴えてきたことがあったが、明らかに様子がおかしかった。楓のひどい怪我を見て動転しただけとも思えない。

(だとすると――)

 家業に関することで何かを知ってしまったか。


 あの日以来、風散が妙に冷たい――いや、温度を全く感じられない目をすることがあるのが、どうにも気にかかって仕方がなかった。



   ‐疾風‐



 姉弟の拮抗は続いた。もうかれこれ十五分は手を休めずに戦っている。
 風散は元々体が細く身軽であるし、茉莉もパワーがない分スピードに優れている。装備のない状態ではほぼ互角といっていいだろう。
「ちょこまか動くなちゃんと戦えっ!」
 茉莉が繰り出した肘撃をひょいとかわしながら風散は口を尖らせる。
「ちゃんとやってますー、これが俺のやり方ですー」
「まーっ、すっかり小憎たらしくなって! 誰に似たのかしらねっ!」
 言いながらも茉莉は笑っている。昂ってきているのが目に見えてわかる。
「珍しい、いくら風散以外には滅多にデレないとはいえあの茉莉がテンションアゲアゲになってるなんて」
 梅丸の呟きに、
「風散は武道にしては結構トリッキーな動きをするからな。今までにない相手に楽しくなってきてるんだろう」
 千代木が興味深そうに頷いた。実際に末弟の戦闘スタイルを目の当たりにするのは初めてだ。梅丸から足技を中心にしていると聞いてはいたが、受け身も回避もアクロバティックなのは全身のバネと遠心力を上手く利用しているからか。純粋なスピード勝負の茉莉に比べ、動きが派手だ。
「風散もレベル差があって攻撃も防御も素早く繰り出してくる茉莉に対して真っ向からぶつかっていくのは無謀だってわかってる。あの動き、シーフにも通ずるものがある」
 聞いた甲がにやにやする。
「さっすが俺と花ちゃんの最高傑作。ちょー頭イイ♪」
 茉莉の踵落としが白羽取りで受け止められた。にい、と風散が嗤う。
「やっと掴まえた」
「なっ……」
「ごめん茉莉姉ちゃん、先謝っとく」
 風散に左の拳が茉莉の鳩尾に入った。急所攻撃から身を翻し後ろ回し蹴り、その勢いで重ねて烈風撃を放つ。茉莉の体は軽々飛ばされ、壁に激突する。
 ぐったりとして、動かない。
 一番近くにいた喜久が抱き起こす。
「息はしてる。けど、肋骨いってるかも」
 いなほは溜め息をついた。
「榮、孟槐(モウカイ)連れといで。次、梅丸用意しな」
「へーい」
 ドアの前で榮がくるりと振り返り、梅丸に向かって親指を立てる。
「うー兄、ガンバ☆ 風散めっちゃ強いぞ☆」
「おいプレッシャーかけんな!」
「うひひひ」
 吉野と八重が次兄にまとわりつく。
「梅お兄ちゃん頑張ってー。吉野お兄ちゃん応援するー」
「ずるい吉野ちゃん八重がお兄ちゃん応援するのー!」
「じゃあ吉野フーちゃん応援するもん!」
「あっ、八重も八重もー!」
「お前らどっちでもいいから離れろうるせえんだよ!!」
 双子を振り切り前に出てきた次兄に、風散は不満そうな顔をする。
「何で楓兄ちゃんじゃなくて梅兄ちゃんなの」
「さてそれは俺も知らん」
 兄弟で、一斉に祖母の方を見て問う。
「何で?」
 いなほはいい質問だ、と笑った。
「榮や茉莉――いや、あたしらも含めて梅丸以外は全員今日初めて風散の腕前を見たわけだけど、風散が武道家になってまだ一年足らずだっていう油断がどこかにあった。あんたたちは唯一この場以外で互いの動き方を見ているだろう? 特に梅丸はずっと風散の傍にいたからね、癖をよく知っているはずだ」
「ある意味最強の敵ってわけだ」
 風散は苦笑した。正面に立つ最も仲の良い兄は、複雑そうな顔で頭を掻いている。
「梅兄ちゃん」
「あ?」
「うちの仕事で――人を殺したこと、ある?」
 何故今そのようなことを訊くのか――問い返すことなく、梅丸は答えた。
「四回」
「そっか。じゃあ、俺よりちょっとレベル低いからって遠慮しなくてもいいよね」
「いや、ちったぁ手加減してくれ。俺今朝まで満身創痍で貧血気味だったんだからな」
「それでも――金積まれて俺を殺せって言われれば、そうするんだろ?」

 その一言に、風散以外の全員がはっと息を飲む。

 大事な身内であり守るべきものだという考えがすっかり定着していて、風散自身が標的となる可能性などこれっぽっちも考えたことがなかったのだ。学者の「藤花」としては、研究内容のせいか幸い存在を消そうとする者は皆無だった(「藤花・ティーニカ」という存在が世間的に謎だらけだったせいもあるかもしれない)が、これから先風散が武道家として成長していけば恨みをかう可能性もないわけではない。

 もし、誰かが風散を殺せと依頼してきたら。

「そのつもりできてよ」

 すぅっ、と表情が変わった。

 静かに、ゆっくり、構えをとる。

「俺、多分この先もずっとずっと、いろいろやりたいこととか知りたいことがいっぱい出てくると思う。だから死にたくない。じーちゃんもばーちゃんもとーちゃんもかーちゃんも、兄ちゃんたちも姉ちゃんたちも六連もみんな大好きだけど、この家の本当の仕事が人を殺すことだっていうのも仕方のないことだと思うけど、でももしそういうことになったら、俺は全力で対抗する」
「……わかった」
 梅丸の右手にダガーが光る。彼自身のレベルがそう高くはないため低ランクではあるが、高い性能を誇るインフィニティーシリーズの短剣だ。
「そんなら、本気でいかせてもらうぜ」


「ちょっとソーティスあんたそのプリン何個目よ!」
「二個ぐらい食べたっていいじゃん今日も風散に付き合ったから疲れたんだよ!」
「プリンとアイスは一日一個ずつって言ってるでしょっ!」
「それちっちゃいときの話だろ今何歳だと思ってんのさ!」
「へぇ……そーちゃん、あんた姉さんに逆らう気ね……?」
「いっ、いつまでも負けてばっかじゃないからねっ……!」
 それぞれの得物を手にじりじりと間合いを取る姉弟の間に天青が割って入る。
「やめて下さいすーお姉ちゃんっ、そーちゃんもっ! プリンは私の分をあげたんですっ!」
「天青」
 赤髪の女――ソーティスの実姉・すずろが深々と嘆息する。
「ダメよそうやって甘やかしちゃ。こいつおとなしそーな顔してすぐチョーシこくんだから」
「でも最近、そーちゃんはふーちゃんが頑張ってるのをお手伝いしてるからいいんじゃないかなって思うんです」
「それは天青だって同じでしょ。私のとのびさんの分、天青食べていいからね。ソーティスばっかり二つとか不公平だわ」
「そんな、悪いです」
「遠慮なんてしなさんな。プリンなんて難しいもんじゃないんだから、またこさえりゃいいのよ。さて、皿でも洗いましょうかねー」
「あ、お手伝いしますっ」
 今日は家主であるすずろの夫は仕事で帰らない。三人だけの夕食はさっさと済ませている。
 シンクの前に並んで、すずろが皿を洗い天青が皿を拭く。
「すーお姉ちゃんとそーちゃんも、姉弟喧嘩なんてするんですね」
 意外そうに言う天青にすずろは笑う。
「あの子顔に似合わず気が強いじゃない? ちっちゃい頃から結構食ってかかってきてたのよ」
「ふーちゃんと梅丸さんもすごく年が離れてますけど、すごく仲がいいですよね。喧嘩したことってあるんでしょうか?」
「あそこは喧嘩するっていうより、風散が癇癪起こしてウメがなだめるかウメが風散を叱って風散が大泣きしてウメがなだめるかぐらいしか見たことないけど」
 手を止めて、これまでの付き合いを振り返る。
「でも、梅丸って普段ヘタレぶってるけど実はおっかないのよねー。血筋かな」
「え?」
「ん? あぁ、何でもない何でもない。……まぁ、仮に本気でぶつかり合ったとしても、風散に一番甘々なウメが勝てるとは思えないけど」


 ダガーが頭の真横を掠めた。風散の銀色の髪が舞い落ちる。
「ほんとだ、速度装備ナシでも結構速えなお前」
 そう言う梅丸の手には、もう次に放つダガーが握られている。風散の足は既に床を蹴っていた。
「兄ちゃんも意外と投げるの速いし上手いじゃん。誰だよダガー投げが致命的にど下手だなんて言ったの」
 梅丸が次々にダガーを投げ付けるため、風散は攻撃に出られない。先に二人を相手にしていることもあり、疲労の色も見え始めていた。
 それまで黙っていたグリシーヌが、
「あの、いなほさん」
 声をかけるが、すぐ隣に立ついなほは戦う二人の方を見たまま、
「アスヒ? ダメだよ」
 冷たく言い放つ。
「どうせ梅丸も体弱いから持久戦にはならないさ。安心しな」
「でも」
「好きな男も信じられないのかい」
「すっ、やっ、そのっ」
「あんたわかりやすいねぇ」
「あの……そうじゃ……なくて……」
 息を切らしながらも跳び回る風散を見る。彼のことだから、梅丸の投げるダガーがこちらに飛ばないように気遣いながら動いているのだろう。

 それでも。

「風散くんが……あんな顔をしてるのを見るのは、初めてなんです……」
「……あたしも初めて見たよ。あの子もあんなきつい顔するんだね」
 いなほの顔から笑みが消えた。
「多分、口ではあんなこと言いながら本当は赦せないんだろう。代々続く家業とはいえ家族が人殺しをしていることも、それを自分だけに隠していたことも――自分だけが手を汚さずにのうのうと生きてきたということも」
 僅かに、目を伏せる。
「あたしたちは精一杯風散を愛してきたつもりだったけど、特別扱いされることが多かったあの子は孤独だったのかもしれない。でもね、頭がいいくせに興味のないことは覚えるどころか見向きもしないようなあの子が、ここまで他人に執着するのも初めてなんだ」
「え」
 見えない位置で、いなほはグリシーヌの手を握った。
「グリシーヌさん。あの子のこと、よろしく頼むよ」

 梅丸が咳き込み始めた。鼻腔と口の端に血が見える。短剣の弾幕が止んだのと同時に、風散も動きを止める。
「もうおしまい? だろうね。梅兄ちゃんは病弱なのもあるけど、持久戦が得意じゃない。シーフは投擲に必要な最低限の力とある程度の命中率があればいいから体も武道程鍛える必要ないし。でも貧弱な体の割に瞬発力はある方か」
「は、好き放題言いやがって。お前だって確実な一撃を狙いすぎてるせいで回避するのに精一杯だろ」
「下手な鉄砲数撃つのは性に合わないんだよ、兄ちゃんと違ってね」
「……風散、お前肝心なこと忘れてねえか」
 流れる血を手の甲で拭うと、不敵に笑う。
「シーフのスキルは投擲だけじゃねえんだよ」
 言い終えるが早いか、一気に踏み込むと体を低くして風散の懐まで入り、ダガーの切っ先を喉元に突き付ける。

 が。

「暗殺ね。来ると思った」
 左腕でそれを払うと、
「はいゲームオーバー」
 貫顎、後ろ回し蹴りと休む間もなく繰り出す。先程の茉莉同様飛ばされた梅丸は、
「……ちっくしょ」
 力なく呟き、目を閉じた。
「今マジで殺す気でいったのにな……」
「嘘つけ、一瞬ダガー引いたじゃん。ほんと、梅兄ちゃんは俺に甘いな」
 呆れた顔で、倒れこんでいる兄の傍らに立つ。
「俺を疲れさす策だったんだろうけど、ダブスロガンガン撃ってる暇があったらさっさと暗殺で狙ってくればよかったんだよ。自分も消耗してたら意味ねーじゃん」
「つか、風散、お前」
「ん?」
「それ痛くねえのか」
「あれ」
 振り払ったはずのダガーが風散の左腕に深々と刺さり、鮮血が滴っていた。

「あ」

 ぐらり、風散の体が揺れ、その場に崩れる。

 出血が多い。

「風散くん!」
 握っていた杖を放り投げ、グリシーヌは駆け寄った。





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 一応風散は全勝ですが同時に辛勝でもあります

 RSって能力を装備に頼ってる部分が大きいので、装備をほとんど外したら「ちょっと強いだけのただの人間」程度にまで能力が落ち込むんじゃないのかな、なんて勝手に思ってたりします


 さて次回からまた展開に変化が!





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中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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