the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第十六話 make a promise





     ‐make a promise‐



 ベッドに横たわる風散の横に膝をつくグリシーヌは微苦笑する。
「この間と逆ね」
 生命的にはもちろん、骨にも筋にも問題はないと孟槐(モウカイ)――瑠璃蜘蛛の専属のビショップでティーニカ家とは血縁関係ではないらしい――から聞いて、一気に力が抜けた。
 それを聞くまで、生きた心地がしなかった。
 先程いなほが風散がここまで他人に執着するのは初めてだと言っていたが、自分も同じだ。アーチャーだった母が何度か大怪我をして帰ってきたことがあるが、ここまで胸が苦しくなったことはない。

 グリシーヌにとっての風散は、進む道を与えてくれた存在であり、命を救ってくれた恩人であり――

(それだけじゃ、ないのね)

 怪我をしていない右の手を取る。


 一緒に狩りに行くとき、いつもこの手が引っ張ってくれていた。


「グリちゃーん、入るよー」
 ドアのノック音と同時に聞こえた梅丸の声に、急いで風散の手を戻す。部屋に入ってきた梅丸が苦笑いした。
「そんな、ずっと見張ってなくても死にゃしねえよ」
「ここに……いたいんです」
「せっかく泊まる部屋用意したのに……って、まぁ、そう言うだろうと思ってたけど。はいこれ、着替え。とりあえず風呂入ってきなよ、その間に椅子とか持ってきとくからさ。あ、コート風散の血付いちゃったよな。クリーニング出しとくから二、三日借りていい?」
「あ、はい、ありがとうございます」
「すまんねー、新品なのに派手に汚しちゃって」
「ウィザードの装備ですもの、そういうものでしょう?」
「まぁね。でも俺、シャツ血塗れにして帰ると風散にめっちゃ怒られるけどなぁ」
「ふふ」
 着替えとタオルとベッドの隅に置いて、梅丸はグリシーヌの隣にしゃがみ込む。
「で、どうすんのグリちゃん」
「何をですか?」
「風散と付き合うの?」
「はぁ!?」
 思わず出た大きな声に、慌てて己の口を塞ぐ。
 顔の温度が急上昇する。
「つ、付き合うって、その…………っていうか、だから何でそういうことになるんですかっ」
「だって、さっきばーさん言ってたもん。『風散はあの子に任せる』って」
「そっ、それは……お、お友達として末永くという」
「んなわけあるかよ。あれ多分、風散をグリちゃんにくれてやってもいいぐらいのレベルで言ってるぜ」
「そ、そそそそそんなっ、私は風散くんをお嫁さんにとかっ」
「いや、まぁそんなニュアンスではあるんだろうけどそれじゃちょっと逆だな?」
「逆って」
「つまりさ。風散の嫁にきてくれってこっちゃねえの?」
「っっっ!!!!」
 グリシーヌは呼吸を止めたまま口をぱくぱくさせた。何か言おうとしているのだが、言葉が出てこない。気付いた梅丸が焦る。
「ちょ、グリちゃん、息して!」
「ふっ、ふはぁっ!」
「落ち着いて、はい、吸ってー……吐いてー……よしよし」
 子守り慣れしているだけあって、背中をさする手が優しい。きっと風散も何度もこうされてきたのだろう。そう思うと胸の奥が少しあたたかいようなくすぐったいような気分になる。
「す、すみません……」
「俺はいいけどね、グリちゃんが義理の妹になるの」
 妹と言われて、ふと兄のことが頭を過ぎった。
 瑠璃蜘蛛の件は伏せておくとして、このことを聞いたらどう思うだろうか?


 ――って、何真剣に考えてるの私!


「ごめんごめん、あんまからかっちゃいかんな」
 グリシーヌの頭を撫でると、梅丸は立ち上がる。
「まだちょっと落ち着かねっしょ。待ってて、何か飲むもん持ってくるわ」
「あ、ありがとうございます……」
 ドアが閉まった、そのとき。

「グリシーヌは俺のこと嫁さんにしてくれるの?」

 風散が、身を起こした。

「いったたたた……うわ、何これ包帯ぎっちぎちじゃん」
「あ、だ、大丈夫? ……じゃ、ないわよね、ごめんなさい……」
「ね、」
 寝台の上に添えられたグリシーヌの手を握る。
「どうなの?」
 サイドテーブルの上のランプの火が揺れる。
 グリシーヌは目を逸らしながら、そろ、と手を引いた。
「……いつから、起きてたの?」
 同時に質問に対する答えもはぐらかす。
「梅兄ちゃんが入ってきたとき」
 だとすれば、話は全て聞かれていたのか。気恥ずかしくなって俯く。
 数秒の沈黙の後、
「ごめんね」
 風散は小さく言った。
「何か、変なことに巻き込んじゃったね。怖かった……よね」
「そんなこと……いや、その、ちょっとは……怖かったけど……でも、結局は樹さんもうちの仇じゃなかったわけだし……」
「え、そうなの?」
「いなほさんが、全部話して下さったの。こういうことになるというのも、先読みの力を持つソールお爺さまから聞いていたんですって」
「何だ。そっか。…………でも、さ」
 ベッドの上で膝を抱え、目を伏せる。
「グリシーヌの曽祖父さんを殺してなかったとしても、やっぱりうちはそういうことをしている家なんだよ。そんで俺は、手を染めてないとはいえその家の人間」
「そんな」
「もう……一緒に狩りとか、行かない方がいいよね。嫌だよね、人殺しの家の……なんて」
 声が微かに震えている――泣いている?
「っふ……うぅ」
(どうしよう泣いてる!)
 グリシーヌは焦った。これまで共に行動してきた中で、風散の涙腺は若干緩いということは何となく知ってはいたが、まさかここで泣くとは思ってもみなかった。
「あっ、いやっ、あのっ……そんなことないからっ、私まだ危なっかしいし、ついてきてくれると、その……助かるし」
「だって……みんな狡いよぉ……何で俺だけ……一人だけっ……」

 ああ、やっぱり傷付いていたのだ――いなほが言った、風散は孤独だったかもしれないという言葉が突き刺さる。

 ベッドに腰を下ろし、後ろから抱き締めた。
「それだけ、風散くんのことを守りたかったのね。どうしても知ってほしくなかったし、お金をもらって人を殺すだなんてことに関わってほしくなかった」
「でも」
 しゃくり上げる背中は、見た目よりも大きく感じる。しかし中身は屈託のない子どものままなのだろう。

 グリシーヌ自身は家族というものに縁が薄かったゆえに、ティーニカ家の絆の強さや彼らが風散をどれだけ大切に扱ってきたか、そして風散がそんな彼らをどれだけ信頼し大好きだったかを推し量ることはできない。


 それでも、今回の件で揺らいでしまったティーニカ家の人々と風散の関係は壊してはならないと思った。


「……何となくだけどね、私、皆さんの気持ちわかるわ。風散くんはそういうことができない人だもの。私が風散くんの身内だったとしても、絶対隠した」
「うー」
「整理……つかない、わよね。難しいものね……でもね、それだけこの家の皆さんが、風散くんのことをとっても大切に思ってる。それはわかるでしょう? 風散くんも、皆さんのこと大好きだって、言ってたでしょう? だからこれは、裏切りとかそういうことじゃなくて、ちょっと食い違っちゃっただけ。ね? そう考えましょう? じゃないと、お互いにモヤモヤしたままになっちゃうわ。そんなの嫌でしょう?」
「……何でそんなに優しいの」
「え?」
 振り向いた風散の顔はぐちゃぐちゃだった。大きな紫色の目からは、まだ涙が溢れている。

 どこか、不安げな表情。

「嫌いになんて、なってないもの。風散くんも、風散くんのご家族も」
「どうして?」
「んー」
 苦笑しながら風散の涙を拭う。
「どうしてかしらね?」
 風散はきょとんとすると、
「……ふくっ、くくくくっ」
 笑った。
「ほんと、肝据わってんなぁグリシーヌは」
「どういう意味?」
「じゃあさ」

 頬に添うように止まっていたグリシーヌの手を握り、そのまま自分の顔に押し当てる。

 掌にキスをするようにも見えたその行為にグリシーヌは手を引こうとするが、強く握られているわけでもないのに逃げられない。


「また、狩りとか、一緒に行っていい?」


 囁くような申し出に、全身がぞくりとする――が、それは寒気ではない。


 体の芯が、熱を帯びてくる。


「…………はい」
「ほんとに?」
「…………ええ」
「ふふふ」
 にっこり、笑うと、
「やったぁ」
 風散はグリシーヌに抱き付いた。グリシーヌの体の熱が一気に上がる。
「あっ、ちょっ、なっ」
「好き」
「ふぇっ?」
「俺、グリシーヌのこと好きだ」
「うっ、うぇっ!?」
「ね、グリシーヌ」
 肩に手を置き、薄暗い中でもきらきらと輝くような笑顔で真っ直ぐ見る。
「お嫁さんになって下さい!」
「……………………へっ!?」



「は?」
 ロテュス・エルマン・デヴェレイは耳を疑った。正面に立つ大将軍ブレートは気まずそうな顔をしているせいか、大きな体が心なしか縮んで見える。
「い、いや、無理を申しているのは百も承知なのだ。貴公が妹君を大事にしているのは周知の事実。だがもういい加減そろそろ……いや、他所の令嬢をどうこう言おうというのではないのだがな」
 言っているじゃないか、と内心毒吐きつつ、ロテュスも思案する。
「わかりました……一応、話しておきましょう」
「かたじけないっ、頼んだぞデヴェレイ侯爵!」
「しかし将軍……甥御どのはそんなにも?」
「いつからかは知らぬが、相当入れ込んでいるようでな……」
「はぁ……妹とはお会いになっているのですか?」
「何度か顔は合わせているらしい」
「ふむ……」
 妹はそんなことを一言も話さなかった。ということは――将軍の甥のことは何とも思っていないのか。

 考えてみれば、これまで妹の浮いた話など全く聞いたことがなかった。妹は美人の類ではないがそれなりに愛らしい顔立ちはしていると思うし、性格だってなかなかしっかりしている。スマグの魔法学院でも優秀だったと聞く。身内の欲目かもしれないが、言い寄る異性の一人や二人いてもおかしくないだろう――いや、何はなくともグリシーヌは可愛い!

「何故だ!!」
「んぬっ!?」
 思わず発した言葉に将軍ブレートがびくりとする。自分でも驚いた。
「あ……いや、申し訳ない……では早めに話を通しておきます。失礼」

 馬を引きながら城門を出ると、冬の夜空に星がよく見える。

「まさか……縁談がくるとはなぁ……」
 ついた溜め息がまだ白い。

 デヴェレイ侯爵の腹違いの妹は学者肌の変わり者で行き遅れ――そんな噂が陰ながら広がっているのは知っていたし、それでも学院で研究に勤しんだりウィザードとして歩み始めた妹が生き生きとしているからこのままでも構わないと思っていた。自分がちゃんと然るべき家から妻を娶り、子を成し、跡目を継がせれば何も問題はないはずだと。

 何より、長年苦労をかけた妹には、自由に生きてほしかった。

 反面、何不自由ない幸せな生活をしてもらいたいとも思う。幸いそこそこ名の知れた家、しかも貴族である。財力が全てとは言わないが、豊かな家に嫁げるのであれば、それに越したことはない。

「将軍の甥……これはまた断りにくいな……」
 ブレートはナクリエマ軍でも高い地位にある。自分も爵位とそれなりの役職はあるが、ブレートの方が格上だ。

 先程よりも深い深い溜め息をつきながら、馬に乗る。
「……グリシーヌ……ウェスパシアにもどう説明したらいいんだ……?」


 月のない満天の星空に一つ、光が流れた。





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 これで心置きなくくっつくのかーと思いきや縁談が湧いて出ちゃったりして


 そんなわけでデヴェレイ家編に突入です





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半井
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女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
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なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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