んん?
「あ、先輩、こんにちは」
「あれ、トウヤ、知り合い?」
この男は誰だ?
So bitter,so cool/02
お手頃価格でうまいケーキと紅茶が楽しめると学生に人気の喫茶店ブルー・スノウ。
そこから出てきたのは、市内にある学校で一番可愛いと評判の聖テレーゼ女子学院高校の制服をまとった羽島冬夜と、聖テレーゼ女子学院のすぐ隣にある桜秀学園高校の制服を着た背の高い男だった。
「あぁ、」
男は興味深そうに俺の顔を覗き込んできた。本物だかどうだかはわからないが珍しい赤紫色の瞳。金色に近い茶色の髪に、整った顔――ん? 何だか聞き覚えがあるような……
「きみが知妙院の若君だね」
「桜秀高の王子……」
確か俺と同じ学年で、どこだかは知らないがハーフの帰国子女、容姿端麗にして文武両道なミスター・パーフェクトとか聞いたことがある。成程、これはまさしく絵に描いたような「王子様」だ。
と、王子様は苦笑いした。その顔すら整っている。
「何それ。僕のこと『王子』だなんて言うの、サツキぐらいのものだと思ってたのに」
「意外と有名ですよ。少なくとも聖テレーゼと椿北と金霞学院には広まっています」
相変わらずの温度の低そうな声で羽島が言う。王子は呆れた顔をした。
「僕は何もしていないぞ」
「何もしていなくても、まず外見が派手ですからね」
「きみ、僕がこの外見にコンプレックスがあるのを知っててそういうこと言うんだね?」
「事実を口にしたまでです」
何だこいつ。
この絶対零度の女に臆することなく接しているだと……?
俺でさえ一回目の告白でフラれたときはあまりの冷気に衝撃を受け、今でもその冷ややかさに戸惑うことがあるというのに。
王子は俺の顔を見ると、何か含みがあるように笑った。
「ふぅん、きみがねぇ」
「何か?」
「トウヤと付き合ってるんだって?」
「……まぁ、一応」
「なるほど。何度口説いてもトウヤが僕に靡かない理由か」
何だと?
「アオイさん」
羽島が大きな溜め息をついた。勿論、表情はそのまま。
「変な冗談を言わないで下さい。そんなこと、これまで一度もなかったじゃないですか」
「まぁ、僕もきみも跡取りだからね。下手に奪っちゃ羽島の家に申し訳が立たない」
跡取り?
確かに羽島は一人娘だし、羽島の家はアンティークの取り扱いをしている店だけれど――跡取り?
ちら、と俺の方を見て。
「それにしてもトウヤ、本当によく男女交際なんてする気になったね? きみのことだから、お見合いでもするまで一人でいそうなものだと思ってたけど」
「わたしもそう思っていたんですが、何故か今こうなっています」
「ふふ」
また、桜秀高の王子――アオイとかいったな――が覗き込んでくる。
「トウヤが興味を持つとなれば、なかなか面白そうだ。ねぇ、きみ、今時間ある? そこの玉兎で抹茶クリーム白玉あんみつなんかどうかな?」
「アオイさん」
そしてまた、羽島が溜め息をつく。
「今チョコバナナパフェとザッハトルテとバナナタルトとフォンダンショコラを食べたばかりじゃないですか」
何だそのチョコとバナナのフェスティバルは。というかその量を一人で食べたのか。
「いいじゃないか。甘いものを食べた後はさっぱりしたものが食べたいんだ」
さっぱり? 抹茶白玉クリームあんみつは甘いものには入らないのか?
「夕飯入らなくなりますよ」
「ごはんは別腹だから大丈夫!」
食べる量はともかくとして、糖尿の心配もした方がいいんじゃないだろうか。
席につくなり、
「まぁ、ここは誘った僕の奢りだ。好きなの好きなだけ頼みなよ」
メニュー表を俺に向けて差し出した。時間が時間なので抹茶&黒蜜アイスとほうじ茶のセットを注文すると、
「わたしも同じもので」
隣に座る羽島が追加した。正面の王子がにやつく。
「へえ、揃えてくるとは。仲いいね」
「夕飯前ですから重たくないものを選んだだけです」
「豆乳アイスもあるよ」
「抹茶味が好きなんです」
これは、からかわれているんだろうか。しかし羽島はいつものトーンとペースで返している、ように見える。
「あ……えぇと」
「あぁ、ごめんごめん名乗りが遅れたね。僕は天藤蒼斐だ。以後宜しく」
「俺は」
「知妙院諒一。知ってるよ。レイとシズクとアラレの従弟」
「何故その名前を」
「古くからの知り合いなんだ」
父方の従兄姉の家は、大きいわけじゃないが古くからある神社。それを考えれば、確かに付き合いの長い家はいくつかあってもおかしくはない。例に漏れず徒歩数分の距離にある俺の家も代々続く氏子だ。
天藤は納得したようににこにこしながら頷く。
「そうだ、そうだね、うん。目が似てるといえば似てるかな、アラレに。でもあの男はきれいな顔してぎゃあぎゃあうるさいだろう? しかも口が悪い」
「あられ兄ちゃんと仲いいのか」
「昔はトウヤやサツキと一緒に遊んでもらったよ。元々僕の家は藤東にあるんだ」
「昔」
「四歳から小学校卒業まではこっちで暮らしていたからね。家ぐるみの付き合いもあったし、小学校は違うけどつまりトウヤとはいわゆる幼馴染みってやつかな」
「幼馴染み」
家ぐるみの付き合い。しかもお互いの家のことをよく知っているらしい。
幼馴染み。
年齢も近い。
容姿も頭もいい。
何より、羽島と普通に話している――
「そんな怖い顔しなくても、取ったりしないよ」
天藤はへらりと笑った。
「確かにトウヤは抱き締めたいぐらいに可愛いけど、僕にとっては妹みたいなものだ」
「わたしは蒼斐さんのことは兄だと思ったことはありません」
低く、小さく放たれた羽島の言葉に益々笑う。
「ほら、手厳しい。トウヤはね、僕でも溶かせない氷でできてるんだ。だから絶対零度なんて言われる」
「氷……」
……まぁ、うん。その表現は似合うっちゃ似合う。俺も「もしかしたら雪女とかそういう類なのか」と何度も思ったこともある。
「久しぶりに会ってきみのことを聞いたとき、すごくびっくりしたんだよ。トウヤが自分から自分のこと話すなんて、これまであんまりなかったからね。これはとても喜ばしいことだ」
思わずすぐ横のミス・アブソリュートゼロを見る。
彼女も俺を一瞥した。
照れるでもないその表情は、相変わらず温度が感じられない。
「先輩。アイス、溶けますよ」
「あぁ、うん」
いつの間にか供されていたアイスは縁が少しだけ溶けている。
羽島の器のものに目をやると、全然溶けていなかった。
何故だ。やっぱりこいつは冷気を放っているのか。
まぁ後は若いお二人で、とか何とか言って、天藤は全員分の会計を済ませた後颯爽と立ち去った。その後ろ姿は姿勢もよく、明るい髪の色がなかったとしても、そこだけ何か、空気が違う。そういえばもうすぐ夕食だろうというこの時間にそんなに食って大丈夫なのかと驚くほどに豆大福を食っていたが、立居振舞いもきれいだった。王子だ。あれは紛うことなき王子だ。
「帰る方向、一緒なのに気を遣わせてしまったようです」
羽島はぽつりと言って、駅に向かって歩き始める。
横に並ぶ。
「そういえば、藤東って……バス、同じじゃないのか?」
「鬼ヶ谷の上の方ですから、もう少し先です」
「それって結構山の方……鬼ヶ谷……天藤……あっ、あいつ刃物屋の息子か」
「よくご存知ですね」
「先週うちの母親が包丁やっと買えたって喜んでたんだ。予約してから一年近くかかったって」
「天藤の包丁は、いいものですから」
付き合い始めに比べれば、会話はだいぶ増えた方だ。確実に増えている。
共通の知り合いがそこそこいるし、同じ中学の校区でお互いの家もさほど遠くはない。通う高校は違っても、同じ方向だからと登下校は何となく一緒にしていることが多い。
交際は順調。そう、順調だ。
と、思う。
「……気になりましたか」
「え」
羽島はこちらを向くでもなく言った。
「あの人は、友人です」
「そうか」
「どのくらいの親密度なのかというと、ほぼさつきさんと同じぐらいです」
小柳出さつきと同じ? つまり親友と同じレベル?
「深い仲だな」
「付き合いが長いので。でも、友人です。だから、先輩が不安になるようなことは、一切ありません」
不安。
さっき天藤といたとき、漠然とした「何か」を感じた。
それが何なのかはよくわからない。
ただ、「この男は俺の知らない羽島冬夜を知っている」――そう思ったら、腹のあたりが妙にずっしりと重たくなった。
幼馴染みと言っていた。俺よりも付き合いが長いだなんて、よくわかっているのに。
それは――それが、「不安」だったのだろうか。
「そう見えたか」
「違うんですか?」
「どう思う?」
立ち止まって羽島を見る。
相変わらず小さくて愛嬌は皆無。
暗い色なのに透明感ある大きな目。
と、
「妬いてくれているんだと、思っていました」
ひんやりとやわらかい手の感触が、俺の右手の先の方を包んだ。
「違うんですか?」
……………………畜生!
「だとしたら?」
顔を見られたくない。バレればきっとまた、照れているのかと訊かれるに決まっている。それはそうなんだが、知られたくはない。
再度歩き始めると、握られる位置が手の先から制服の袖に移動する。
これは……もしかして、初めて腕を組んでいる……?
気付かれないように様子を窺う。
俺の方を見ないまま、羽島はいつも通りの無表情で言った。
「ちょっと、嬉しいなぁと、思います」
「ちょっと」
「反面、申し訳ないなぁと、思います」
「どうして」
「わたしを好きだと言ってくれる人に、不快な思いをさせてしまうのは不本意です」
真面目な奴だな。
「羽島」
「はい」
「逆の立場だったら、妬くか?」
少し、間を置いて。
「先輩とは二年も付き合っていないので、まだ、ちょっと、わかりません」
正直な奴だな。
「でも、先輩が他の誰かのところへ行ってしまったら、きっと寂しくなるんだと思います」
心なしか、手に力が入ったような感覚。
こちらから頼み込む形で付き合うようになったとはいえ、少しは好意、或いはそれに準ずる意識は持ってくれている――と思っても、いい……のか?
「羽島」
「はい」
「俺は、その……羽島のことは、正直なところ、顔から入ったんだけど……今は、」
「顔以外も好きだと」
その通りだけどどうしてこいつはこんなことを安易に口に出せるんだ!?
と、更に腕が、ぎゅっと抱き込まれた。
「わたしはこんななので、わかりにくいとは思いますが、先輩に、好きだって思ってもらえていることは、本当に嬉しいんです。わたしのことを知っていってもらえて、先輩のことを知っていけるのは、とてもいいなって、思っています」
そうだ、こいつが自分のことを知らないわけがない。
表情こそ変わらなかったけれど、きっと俺の告白は彼女を驚かせ、戸惑わせたに違いない。
だから今でも、沢山考えている。
俺のことも、考えてくれている。
「……そうか」
「貴方が初めて付き合う人で、よかったです」
「その言い方、次に誰かと付き合うご予定が?」
「今のところはありません」
「こっちから頼んで付き合ってもらってるんだ、飽きたら捨ててくれて構わないんだぞ」
「本当は嫌ですよね」
「……………………嫌ですよ」
嘘をついたって仕方がない。どうせ見透かされているんだ。
と、微かに笑ったような息遣いが聞こえた、気がした。
見てみると羽島は普段通りの顔だった。
気のせいだったか?
「今のところその予定もありません。…………先輩とわたしは、この先どのくらい一緒にいることになるんでしょうか」
この先。
「……考えたことなかった」
「できるだけ長くいられたらいいですね」
さらりと口にする、その表情も声のトーンも、一切変わらない。
ただ、濁りなく、透明に響く。
「それって、その、」
そこまで言うと、丁度乗るべきバスが来た。
羽島の手が離れる。
「私はお嫁には行けません。跡取りですから」
そうだ。
高校生風情が男女間のこの先だなんて、そこまで真剣に考える方が珍しいだろう?
その夜、俺は柄にもなくとんでもなく夜更かししてしまった。
部活の朝練があるのにとかそんなことはすっかり忘れて、頭がいっぱいになっていたのだ。
「できるだけ長く」。
羽島はどの程度のことを言っていたのか。
とりあえずいろいろ調べてみた結果、どうやら俺が羽島姓になるにはいろいろ手続きが必要なようだ。
<next→sweet?>
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異性の友人への嫉妬のお話でした
ていうか諒一くん既に婿に行く気満々という どれだけ独占欲強いの……
二人共、真面目です
たいへん真面目です
フツーのカポーの話を!! と思ってたのに真面目すぎて何かおかしい感じある……
でもええねん♪(ええねん♪)