とうとう退院です
といっても、
何時に迎えに来るとか何時まで病室にいていいとかそういうのが何故か全く決まっていないという曖昧スケジュール
…………、
まいっか! とりあえず準備準備!
《当時の絵日記》
思うところはいろいろありましたが、食事も結構楽しめたと思います 中の人食いしん坊だからな ( ´ー`)
午前中に退院する気満々で準備も万端だったんですが、何の音沙汰もないのでとりあえず少しお昼ごはん的なものをもそもそ食べて待つことに
軽い昼食をとったら903がなくなったので売店に黄色い電気ネズミのストロー持ち帰り用も兼ねて買いに行き、「もうちょっと何か食べたいな」と思ったので黒糖まんじゅうを1個購入、病室に戻ってもそもそもぐもぐ
実質この黒糖まんじゅう1個が入院生活の最後に病院で食べたものとなりまんた
その後いつ迎えに来るのかものすごく不安になったので、テレホンカードを持って公衆電話へGO
半井「もしもし」 父「……んぁー?」 半井「退院なんだけど迎えいつ来んの」 父「あ? 今日かぁー?」 親父ェ・・・ 結局
「もう準備できてるんだからはよ来い」と急かし、その30分程後に父がのそのそやってきて、病院に手術費と入院費を支払い、帰宅し、猫と犬の大歓迎を受けまんた
それから2ヶ月ぐらいは犬猫の世話やら家事をしながら療養し、3ヵ月後にはアルバイトも始め、徐々にごくごくフツーの生活に戻っていきました
そんなことがあってから10年、腫瘍は再発することもなく、まぁそこそこそれなりに元気に過ごしています
“胃が痛いと思ったら全く別の場所(卵巣)に謎のデキモノができていた” そこから始まった約10ヶ月に渡る通院・入院そして手術
何だか不思議な経験だったなぁと思います
退院診察のときに、卵巣嚢腫ができた原因は何か、何故卵巣のある下腹部ではなく胃が痛んだのかと訊いてみまんた
当時はとにかくストレスがものすごかったので、もしかしてそれも少なからず原因に関係したりしているのかなーと思っていたりしたんですが、
「卵巣嚢腫は原因不明なことが多く、良性でも再発することもある」というのと、
「患部ではなく他の箇所が悲鳴を上げて病気を知らせてくれることがある」のだそうです
だから何か体が変だ、いつもと違うと思ったら病院に来た方がいいよ、と
担当の先生はとても気さくな人で、私もついタメ口を利いてしまっていましたが、よく話を聞いてくれるいい先生でした
でも、退院1年後の診察のときにはもう病院からいなくなっていました 別の病院へ移ったのだそうです
そしてその数年後、病院から産婦人科がなくなるという話を聞きました
設備の揃った市内で一番大きな病院ですし、お世話になったから 助かったから、と、回覧板で回ってきた産婦人科存続の署名に記入をしました
その後は結婚するのに引っ越したりして結局どうなったのかは知りませんでしたが、先日入院日記を書く際にリンクを貼ろうとホームページを検索したら「産婦人科」の文字とリンクがあったので、ちょっと安心
このことを思い出す度に、
まだあの写真病院に保管されてるのかなー とか
マダムたちはご存命なのかなー とか
やっぱりお茶不味いのかなー とか
そんなことを思うのです
リアルでも、ネット上でも、仲のいい人が体調を崩し、いつもと何か違うみたいなニュアンスを醸し出す発言をしたときに
「病院へ行け」と必ず言うのは、自身の経験からです
もしかしたら、別のところに異常があるかもしれない。
私は直接生命に関わるような病気ではなかったけれど、
何もないに越したことはないけれど、
もし悪いところがあったら、早くよくなってほしいなと
そんなことを考えているものですから
口うるさく言ってしまっていても、どうぞご容赦下さいませね ( 'ω')
おしまい