the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第四話 Shadow of Blue spider




     ‐Shadow of Blue spider-



 古都ブルンネンシュティグの郊外にあるゴドム国立学士院は、白い石造りの建物で古都の中心部からもその姿を簡単に探すことができる。
 その、学士院の中庭の片隅で、小さな男の子がしゃがみ込んでいた。
 スパイクワームの幼生の口元を、長い柄の金属のヘラでいじっている。
「よく馴れている。楽しそうだな風散」
 後ろから声を掛けられる。
 振り向くと祖父・樹が立っていた。
「じーちゃん。どしたの」
「たまには可愛い孫の学ぶ様子を見に来いって言われてるからな」
 そう言って孫を抱き上げる。
「院長の部屋はどこだ? 挨拶に行かなきゃならん」
「んとねぇ、あっち」
「今は何を勉強してる?」
「スパイクワームのねんえきちゅうのすいぶんにふくまれるみずのげんそのわりあいをさんしゅつしてとうけいとってる」
「おー、難しいことやってんなぁ。さすが風散、お前は俺の孫の中で一番賢い! ああ、そうだ、これ今日忘れてったろ」
「あ、おべんとぉ!」
 祖父から小さな包みを受け取ると、風散は嬉しそうににこにことする。
「きょうはしのねーちゃんじゃなくてねぇ、かーちゃんがつくってくれたって、うめにーちゃんがゆってた。あ、ここひだり!」
「そうだな。今日は花ちゃんが朝早くから一生懸命作ってたぞ、お前のために」
「にへぇ」

 二年近く前、風散は兄・姉たちが通っていた幼稚園から「ここではなく然るべき機関で学ばせた方がいい」と言われてゴドム国立学士院に入った。幼子とはいえ規則は規則、と試験を受けさせられたが、歴代トップの成績でいとも簡単にクリアしてしまったという。
 前代未聞の天才児の登場で、院内の大人たちは騒然となった。しかし当の本人とその家族たちが「困るから」と、彼に関する情報を外に出す場合は名前と年齢を偽るようにと頼み込んできた。特に風散本人が「さわぎたてるんならはいらない」ときっぱり言い放ったので、学士院はこの要求を受け入れざるを得なかった。これだけの頭脳の持ち主を野放しにしておくのはいかにも惜しい。

 かくして風散・ティーニカは最年少にしてゴドム国立学士院の学士、しかもあっという間に主席になってしまった。

 そんな彼であるから、誰かしらに恨みを抱かれてもおかしくはないところだが、幼く人懐こいのが幸いしてか今では学士院のマスコット的な存在となっているようで、他の学士にも可愛がられながらのんびりと研究に打ち込み、帰宅すると子どもらしく「その日あった楽しかったこと」を身内に話していた。

「風散。お前、幼稚園のがよかったんじゃないか?」
「なんで?」
「ここじゃ大人ばっかりだ。友達とも別れちゃって寂しいだろ」
「やすみのひにあそんでるからだいじょーぶ。ここのひとたちもあそんでくれる」
「……お前がいいならいいんだけどな」
「いじめられてないよ?」
「そりゃお前とソーティスの話聞いてりゃわかるわ」
 日の光がシャワーのように降り注ぐ明るい廊下。すれ違う学士たちと会釈を交わす。インテリばかりが集まる機関ではあるが、彼らは意外とバタバタと動き回り建物の荘厳な外観と打って変わって内部は騒々しい。なるほど、風散にとっては幼稚園とはそう変わりないか――樹は納得する。
「ぃよう、風散坊」
 無精髭に瓶底眼鏡と「いかにも」な男が通りかかる。ざんばらな髪はどう見ても自分で切っているとしか思えない粗雑さだ。
「サリュー!」
「あれ、お客さんか」
「うちのじーちゃん!」
「ほぅほぅ」
 サリューと呼ばれた男は樹に深々と頭を下げた。
「どうも、お孫さんとは仲良くさせてもらってます。サリュー・デウツです」
「おぉ、貴方がサリューさん……お噂はかねがね。祖父の樹・ティーニカです」
 サリューは風散が「がくしいんでいちばんなかよし」と豪語する学士だった。研究内容も年齢も全く違うが馬が合うらしい。
「いやぁ、自分もお孫さんくらいの子どもがいてもおかしくない歳ではあるんですがね。彼と一緒にいると何故か同じ目線になってしまう。お陰で以前に比べて新しい発見が増えて嬉しい限りですが」
「ご実家はあのデウツ鋼業とか。研究もそちらのご関係で?」
「ええ、まぁ、小ぢんまりとやらせていただいてます。昔ながらの技術力を保ちつつ、新しいことができないかと思いまして。……そうだ風散坊、今度うちにおいで。蔵掃除したら古い本がいっぱい出てきたんだ。好きなのやるよ」
「マジでー!?」
 大きな紫色の目が輝いた。廊下中に響いた歓喜の声に、研究室のドアが次々と開く。
「ああ、何だまた風散坊か」
「ゴキゲンだなーいつものことだけど」
「あ、風散くーん、後で十六研おいでー。ラカリフサで挽きたての小麦粉もらってきたからホットケーキパーティーするよー」
「おー! わかったー!」
 孫に声をかける年格好も性別もバラバラの学士たちに樹はぎょっとした。六歳の幼子はすっかりここに馴染んでいるようだ。
 このままここで楽しく過ごしてくれれば――樹はそう思った。

 自分たちの「仕事」はあまりにも汚い。



 六日後、サリュー・デウツは帰らぬ人となった。研究の現地調査に向かう途中、乗っていた船から誤って転落したのだという。
 これによって技術開発が困難となり、自社生産のみに頼ることができなくなったデウツ鋼業は隣国の同業者に買収されることになった。

 サリュー・デウツは事故ではなく殺された――という噂もあった。
 しかしそれはあくまで「噂」にすぎない。それらしい証拠もない。
 噂は確証を得ることなく、時間の経過と共に消えていった。



 葬儀の日、サリュー・デウツの母に形見として渡された本の中には、新品も何冊か含まれていた。
 そのうちの一冊には、明らかに使用済みレジュメであっただろう破ったメモが一枚。

『風散坊へ 七歳おめでとう。たまにはこういうのも読みなさい。面白いよ。』

 昔から子どもに人気のある定番の冒険物語だった。



 風散は今でも、それに一切手をつけていない。





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 依頼され報酬さえ積まれれば身内の友人をも殺す

 そういう家です





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半井
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なんかかくこと
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チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
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