the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第六話 Addiction to marshmallow





     ‐Addiction to marshmallow‐



 ハノブの鍛冶屋・ハギンは風散の祖父・樹とは昔馴染みにあたり、風散自身も幼い頃から祖父に連れられて何度か来ていたため顔見知りだった。
 怪我人がいるから部屋を貸してほしいと頼み込んだところ、ハギンは快く受け入れてくれた。グリシーヌを早く安全な場所で安静にさせることができたことに、風散はひとまず安心する。
 客室のベッドに寝かせたグリシーヌは、辛うじて呼吸を続けている。
 火属性抵抗の宝石を使用していたことと、咄嗟に行ったファーストエイドのお陰で重傷というほどひどくはない。それでも受けたダメージは大きい。
 靴とコートをそっと脱がせる。背は高く出ているところは出ている彼女だが、全体的に細い。そういえば、以前抱き上げたときは想像していたよりもずっと軽かった。
 琥珀色の髪がところどころ焦げているのを見て、風散は胸の奥が苦しくなる。
(守れなかった)

 自分の方が、レベルも攻撃力も防御力もずっと高い。
 それなのに。

「逆に守られちゃうとか……何やってんだろな」
 呟いたそのとき、ドアが開く。
 ソーティスが、顰めっ面で立っていた。
「ほんとに何やってんだよ」
 一言だけ言放つと、ずかずかと部屋に入ってきてそのままチャージングを行い、アースヒールをグリシーヌにかける。
 ベッドの傍で椅子に腰掛けて項垂れる風散の頭を、ソーティスは杖で小突いた。
「そんな顔しない。もう大丈夫だよ」
「だってさ……コート、台無しにしちゃったし……髪、きれいなのに、こんな……」
「全く、女に弱いなティーニカの男は」
 隣のベッドに腰を下ろしながら溜め息をつく。
「髪なら焼けた毛先だけちょっと切ればいいし、風散は僕と違ってコートの一着や二着弁償できるぐらいのお金は持ってるだろ。しかも上等の布地使ってオーダーメイドで作ってあげられるほどの」
「そうだけどさぁ……」
「経緯と職はどうあれ、冒険家やってるからにはこういう事態も想定内。先輩だってわかってるよ。子どもじゃないんだから」
「…………子ども、じゃない……か」
 確かにそうだ。グリシーヌはからかえばテンパるものの、基本的には落ち着いていて物腰も柔らかく、どんなにくだらない話でもよく聞いてくれていた。きっと目が覚めたら彼女は気を失っていた自身のことよりもほぼ無傷の自分のことを心配してくれて、謝れば「気にしないで」と言うのだろう。
 それに比べて自分はどうか。彼女といるのが楽しくて、そればかりに気を取られて――油断した結果がこれだ。
「……ソーティス。あのさ」
 風散が何かを言おうとすると、
「風散にしか頼めない。前にそう言わなかった?」
 遮るソーティス。
「だって」
 ぐしゃっ、と背後から乱暴に頭を撫でられる。
「泣き虫」
 言われた途端、涙の珠が一つ、落ちた。
「僕もアスヒ間に合わなくて戦闘不能状態にさせちゃったなんてこと何度もやってるよ。最初は罪悪感で辛かったけど、その度に落ち込んでちゃキリないじゃん。基本支援職の僕でさえこうなんだから、風散が気にすることなんてないんだよ」
「でも、好きな相手こんなにさせちゃったら、フツー情けないなって思うじゃんか」
「ん?」
 ソーティスは、風散の頭に置いていたゆっくり手を離すと、そのままやり場なく宙に浮かせる。
「…………パードゥン?」
 雫の跡を手の甲でごしごし擦って、風散は振り返った。
「俺、グリシーヌのこと好きなんだ」
「……セハちゃんはどうしたの」
「梅兄ちゃんとおんなじこと言うのな」
「だって、あれだけ可愛い可愛い言ってたのに」
「何でだろうね」
 狭い椅子の上で膝を抱える。小柄な体が更にコンパクトになった。
「歳離れてて、身分も違って、背も俺のがちっちゃくて、ガキで……そんなのわかってるのにさ。一緒にいるの楽しいなーとは思ってたけど……意識し始めるとダメだな。全然ダメだ」
 重症だなぁ――ソーティスは溜め息をついた。
「別に僕は止めやしないけど」
「何で? いいのか?」
「相手はどうあれ、今まで男っ気のなかったグリシーヌ先輩に何らかの変化があることは好ましいと思うよ。先輩そう見えてスマ学では男顔負けの行動力で有名だったからね」
「何だ。ソーティスの元カノかと思ってた」
「それは別の子。僕は単位稼ぎにグリシーヌ先輩の助手やってたの」
「ふぅん……」
 少しだけ、ソーティスに嫉妬した。付き合っていないとは言っているものの、それでも自分の知らない彼女を知っている。
 もっと知りたい、と思った。
「ソーティス。昔のグリシーヌってどんなんだった?」
「んー……最初はちょっと、怖かった」
「えっ」
 耳を疑った。風散の知るグリシーヌはたとえ戦闘中でも全体的にほわほわした雰囲気をかもし出している。
「前に聞いた話だけど、お兄さんの手助けがしたいからスマ学で魔法を学んだんだって。博士課程修了して高位のウィザードになれば、ウィザードの少ないナクリエマならかなりの地位に就けるらしいしね。ほんとに『一心不乱』って感じで研究室にこもってるか、とっととフィールドワークに出ちゃう人だったから、とっつきにくかったんだ」
「それが、何で……初等教員なんて?」
「さぁ? ……ま、僕が知ってるのはこのくらい。お前が想像してるほどは知らないよ」
「そうなの?」
「長年つるんでたって言ったって、ほとんど学院内だったもん。僕が学士課程修了してからだって、年に二、三回手紙でやりとりするぐらいだったし。直接聞いたらいいんじゃない?」
 ソーティスは立ち上がると、振り向くことなく部屋を出た。
「今日明日はそのまま安静にして様子見た方がいいと思うから、ついててあげな。梅兄には諸事情で外泊するって伝えとくから」
「わかった」
「寝込み襲ったりするなよ」
「んなことしねーよ梅兄ちゃんと一緒にすんな」
 少し大きな声を出してしまって、はっとする。
 グリシーヌは静かに寝息を立てている。ソーティスがかけたアースヒールのおかげか、血色も戻ってきているようだ。
 左手の指先で頬にかかる髪を静かに退ける。
(すげえ)
 思わず自分の頬と触り比べる。
(肌すべすべ……)
 感触が残るままの手が、自然と動いた。
 唇に、触れる。
「あ」
 咄嗟に手を引っ込める。
「……なに、やってんの、俺」
 顔が上気するのを自覚すると、グリシーヌの顔が何となく見られなくなった。
 心臓の音が何故か近くに聞こえる。
 息苦しい。
「…………もうっ」
 脱がしたグリシーヌのコートを掴んで、風散は部屋を飛び出した。
「小母さんっ、ちょっとグリシーヌのこと見ててっ、なるべく早く戻るっ!」
 ハギンの細君が台所から顔を出す。
「あらあら。どこ行くの?」
「西リットンのセブローさんとこ!」


「風散が生まれたとき、家族全員で決めたんだよ――こいつだけは瑠璃蜘蛛に一切関わらせないようにしようって」
 梅丸が重々しく口を開いた。
「あんたらならわかるだろ? ずっと『殺し』を続けてると腹の底の方に溜まってくる黒くてどろどろしたもの――鼻の奥には鉄臭い匂いやら焼け焦げた匂いが残るし、目を閉じれば血の色だの死に顔だのがすぐ浮かぶ。いつまで経っても『標的』の断末魔が耳に、体温が皮膚に張り付いて。手なんか洗っても洗ってもきれいになったように思えない。ようやく割り切れるようになったかと思えば、忘れた頃にまた思い出す」
 自嘲するように笑う。彼自身も物心ついた頃からその技術を仕込まれて、人を殺める現場を見てきた。実際に手を下したこともある。
「生まれたばっかのあいつを見た瞬間、何でかみんな同じことを考えたんだと――あぁ、こりゃ穢しちゃならん存在だ、って。ほら、ちょうどその頃古都のアルノルトって議員とその秘書何人か殺したじゃん? 多分あのとき俺ら全員病んでたんだ」
 当時のゴドム国民には人気のある政治家だった。しかし瑠璃蜘蛛は見合った報酬を受け取れば善悪・老若男女問わずその命を奪う。代々守られてきた掟だ。
「本人には悪いけど、俺らには浄化装置が必要だったんだな。あいつが好き勝手してにこにこしてるの見てると、何か救われるからさ」
 フルドは苦笑いした。
「そうだな、フーを見てると確かに気がラクになる。なるほど、たっつんがフーのこと『天使』って言うわけだ」
「その自由気ままな天使がよりによってこんなんなっちゃったわけだけど」
 まさか、過去の「標的」の子孫に恋をしてしまうとは――兄弟とフルドは深々と嘆息した。よろづだけが楽しそうだ。
「いいじゃない、ごたごたさせたくないならそんなの話さなきゃいいだけのことだわ。今まで通りに振舞っておけば?」
「でも万が一ってこともあるだろ? 風散だって恐ろしく頭いいし、もしかしたら言わないだけで瑠璃蜘蛛のことは気付いてるかもしれない。そんな状況で、惚れた女が昔自分の爺ちゃんが殺した奴の曾孫だなんて知ってみろよ」
「……泣くな。風散、絶対泣く」
 楓が呟く。兄弟は更に大きな溜め息をついた。実際は風散が泣く泣かぬの問題ではなく、彼が傷付くことによって瑠璃蜘蛛――いや、ティーニカ家の面々のモチベーションががくんと下がり、表向きの仕事も裏の仕事もままならぬ状態に陥ってしまうことへの不安があるのだ。
 それだけではない。とても素直な風散のことだから、そんなことを知れば想いを寄せる侯爵家の令嬢にも明かしてしまうのではないか。もしそうなったときは――場合によっては、風散の想い人でさえも手に掛けねばならないかもしれない。
 風散が泣くどころの話ではない。そんなことをすれば風散はどうなってしまうのか。そして浄化装置を失えば瑠璃蜘蛛の存続も危うい。
 うーん、とフルドが唸った。
「想像以上に、複雑だな……」
「とりあえず、当主には報告しておいた方がいいんじゃないの?」
 よろづは立ち上がった。ふわりと甘い煙が舞う。
「用は済んだわね、私行くから。梅くんと楓くん、会いたいときはなるべくフルちゃんじゃなくてすずろを通してね。じゃあねラス、しっかりフルちゃんを守りなさいな」
 足元に座っていたラスの頭を撫でると、よろづは消えた。残り香が漂う。
「冷たい女だ」
 フルドは毒吐いた。
「で、どうすんの梅。当主に言いに行くのか? おっちゃんがついてってやろうか?」
「いや……子どもじゃねえし、ちゃんと行けるよ」
「おっちゃんにとっちゃあお前らなんてガキんちょだけどねぇ」
 にやにや笑う。
「で、梅。何でお前うちの婿にこなかったの?」
「やめて俺の黒歴史を掘り返さないで!」
「梅兄興奮すんな、鼻血出てるまた貧血起こすぞ」


 薄暗くなってきた静かな部屋の中で、グリシーヌは目を覚ました。というより――実をいうと風散が出て行く少し前から気が付いていた。
 先程の風散の行動を思い出し、顔が熱くなる。
(何なの……あの子、何なの……!)
 唇に何か触れたとき、声が出そうになった。
(キスされたかと……思った……)
 自意識過剰なのだと思い込むことにする。きっと彼は自分をおちょくっているだけなのだ。

 でも――普通唇に触ったりするかしら?

「ああああぁぁぁぁぁ!」
 顔だけではなく全身が熱くなった。布団を頭の上まで被る。

 自分を呼ぶ声が、光るように笑う顔が、ぐるぐると全身を巡る。

「……何で、こんな……」
 四半世紀以上生きてきて、こんな気持ちになるのは初めてだった。
 いや、正確には初めてではない。数年前に手にした本を読んだとき、確か似たような気分になった――が、それよりももっと強い。
「どうしよう、私……」

 頬に、唇に、触れた感触を思い出す。

(ああ、)

 完全に落ちたのを、グリシーヌは自覚した。

「十も年下なのにぃ……」





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 この話、甘ったるくて「ふぇええぇぇえぇぇぇぃwwwww」とか喚きながら書いてた記憶があります

 書いたのもう3年も前なんだなぁ ( ´-`)





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HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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