the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第十八話 break a proposal of marriage




 勢いよく開かれた扉の音が屋敷内に響く。
 轟く雷鳴。激しく打ち付ける豪雨。
 そこには、そんな悪天候を背負うに相応しい鬼の形相をしたずぶ濡れの侯爵令嬢が仁王立ちしていた。
「只今戻りました!」



     ‐break a proposal of marriage‐



 妹の声にいち早く反応したロテュスが奥から飛び出してくる。
「グリシーヌ! あぁ、こんなに濡れて……誰か入浴と着替えの支度を! 帰るなら言ってくれれば迎えの者を」
「迎えなど必要ありません」
 彼女の打たれた雨より冷たい声色に、ロテュスはびくっとした。
 ラベンダー色の目が、据わっている。
「あ……グリシーヌ……怒って、いるのかい?」
「お兄さま。私は何も伺っておりません」
「えっ?」
「ジュストさまのことです」
「あ」
 メイドたちにコートとスカーフを預けると、グリシーヌは浴室の方へと向かう。
「お話は後程。失礼致します」
 振り向きもしないグリシーヌに、後から出てきた中年のメイドが声をかける。
「お嬢さま。杖を」
「……ありがとうウェスパシア」
 何故かずっと持ったままだった愛用の杖を手渡しずかずかと奥に行くグリシーヌを見届けると、ウェスパシアは嘆息する。
「どうなさいます、ロテュスさま? お嬢さまは納得するまで鎮火しませんよ?」
 ロテュスはその数倍深い溜め息をつく。
「貴女も同席してくれますか、ウェスパシア」



「では、ジュストさまの早合点だと?」
「僕は伝えておくとは言ったけど承諾した覚えはない。何より、」
 ロテュスはシードルを一口飲むと、そのままグラスを弄びながら正面の妹に苦笑を向ける。
「見かけに寄らず気丈なきみが『はいそうですか』とあっさり頷くわけがないからね」
 鹿のソテーにナイフを入れる手を止め、グリシーヌは兄から目を逸らす。共に過ごした時間はそう長くはないが、ロテュスはちゃんと兄として振舞ってくれる。それゆえにグリシーヌ自身も遠慮なくものを言える。
「でしたら、その場で断っていただいてもよかったのでは?」
「将軍もいつまでも嫁がないきみの身を案じているんだよ」
 空になったグリシーヌのグラスにシードルを注ぎながら、ウェスパシアが表情を曇らせる。
「そうそう断れるわけがないでしょう? 相手は軍のトップ。ロテュスさまは爵位も議会での地位もあるけれど、まだお若いし」
「でも」
「グリシーヌ。貴女、ジュストさまのことが嫌い?」
「そうじゃ……なくて……」

 嫌っているわけではない。

 侯爵家に引き取られて以来、会う度に何度も会話を交わしているが、ジュストはグリシーヌが庶子であるということにも、女の身で勉学に励みウィザードになろうとしていたことにも、偏見を持たずに接してくれていた。グリシーヌ自身も、武人の家の出身でありながら柔軟な思考を持ち誰にでも分け隔てなく接するジュストに好感を持っていた。
 しかしそんな彼であるから、まさか自分に好意を抱いていたなどと考えられなかったのである。

「ジュストさまなら、貴女もよく知っている方でしょう? 歳も一つしか違わないし、お家柄も申し分ないわ。とてもいいお話だと思うのだけど」
 ウェスパシアの言う通りだ。貴族の息女であるのなら喜ぶべき縁談である。
 が――
「……ウェスパシア……お兄さま……その、私…………」
 ナイフとフォークを置いて、俯く。


 言っていいものか。


「好きな人でもいるの?」

 核心を突かれる。

 沈黙が返答になった。

「……そう」
 ウェスパシアはグリシーヌの頭を抱き寄せた。
「そうなのね」
「ああ、まさか、神さま」
 酔っているのか、ロテュスが声を上げて笑う。
「本の虫がとうとう! そうか、それは嬉しいことだ。それでグリシーヌ、きみの意中の人というのはどんな殿方なんだい?」
「……いません」
「え?」
「そんな人……いませんっ!」
 グリシーヌは席を立つと、食堂を飛び出した。
 しばらく呆気にとられていたロテュスだったが、妹の様子からそれとなく察する。
「……ジュストどのとは張り合えない相手、か。どう思いますか、ウェスパシア」
「わたくしもロテュスさま同様あの子には望む道を歩んでほしいと思っています――ですが先程も申し上げましたように、そう簡単にお断りできないお話」
 グリシーヌのことだ。あの様子では、兄のことを慮って自分の気持ちを押し殺してしまおうとするだろう。
「でも、僕のせいであの子が苦しむのは不本意だ。何とかあの子の想い人が誰か突き止めて手を打たないとな」
 と、ウェスパシアが微笑む。
「ロテュスさま。グリシーヌを――娘を本当に可愛がっていただいて……嬉しゅうございますわ」
「グリシーヌは僕の妹であり僕を救ってくれた恩人だ。僕は彼女のためなら何だってするよ」



 実に美味しそうにイチゴのシフォンケーキを頬張る風散を見て、グリシーヌは胸がぎゅっと苦しくなった。あれ以来風散は好意を伝えてくることはない。気まずい空気になることを避けているのか。
「グリシーヌはさ」
 陽光に輝く紫の瞳が本当に宝石のようだ。
「何でフリーのウィザードになったの? 初等教員の定員割れって言ってたけど、貴族なんだからそのまま家にいてもよかったんじゃない?」
「……やりたいことがあるの」
「何?」
「都市部じゃなくて地方の町にね、小さくてもいいから学校を作りたいの。ウィザードの学校って、スマグにしかないでしょう? しかも公立でもそこそこ学費がかかるし……だから、基礎中の基礎を学んで能力を伸ばすことができる学校があったら、奨学金でスマグに行ける子が増えるんじゃないかと思って」
「後輩育成かー。すごいなぁ」
 にこにこ笑う。その顔を見て、苦しくなっていた部分がふっとあたたかくなるのを感じる。
「風散くんが、教えてくれたから」
「へ」
「『学ぶ』っていうのが、楽しいことだって」
 すると風散は苦笑いした。
「俺は自分がやりたいこと好き勝手にやってるだけだよ」
「だからいいのよ。純粋に知りたいと思うことを知ろうとして、それがどんなことなのか自分なりに整理して、それを書き残して。最初ね、風散くんの本読んだとき、『何てくだらない研究してるんだろう』って思ったの。でも逆に、きっとそれが大事なんだなって。くだらないから研究しないんじゃなくて、敢えてそこに目を向けて、深く切り込んでいく。だから、他の人が気付かないようなことを発見できるんだなっ……て……」
 ふと隣を見ると、風散が膝を抱えてコンパクトになっていた。頭をぐりぐりと膝に押し付けている。
「うー」
「え、ど、どうしたの? 体調悪いの?」
「…………」
 少し上げた顔が赤い。
「そんなの今まで言われたことないから、何か恥ずかしい」
 初めて見る照れの表情に、思わずグリシーヌまでつられて赤くなる。
(か……可愛い……)
 思えばこちらばかりが照れさせられていた。彼も自分の姿を見てこんな気分になったのだろうか?
 と、膝を抱えたままの風散が、そのまま寄り掛かってきた。
 心拍数が上昇する。
「グリシーヌ」
「は、はいっ」
「好きです」
「はわっ?」
「好きなんだよ」
 そっと、腰に腕が回され、そのまま抱き締められる。
「でも、やっぱり、十歳も下じゃダメだよね」
「え」

 言葉が突き刺さる。

 意識していたのは自分だけではなかったのだ。

「やだなぁ。俺のにしちゃいたいなぁ」
「あ、あの……」

 言うべきだろうか――縁談のことを。

 しかし、自分は受けるつもりがないとはいっても、無駄に彼の心を乱すだけではないか。きっと、先日家族との間で起こった一件で彼が心に負った傷は、未だに癒えていない。いや、恐らく一生負い続けることになるだろうが、それに追い討ちをかけるようなことはしたくない。

「……腰、細いね。ちゃんと食べてる?」
 不意に脇腹を撫でられて、グリシーヌは飛び退いた。
「ふひゃっ!?」
「あ、ごめんごめん。くすぐったかった?」
「…………もうっ、私ここ弱いのよおぉっ!」
「あはははは」
 紅茶を飲み干して水筒をバッグにしまうと、風散は立ち上がってグリシーヌに手を差し伸べる。
「行こ。今日のクエはちょっと強敵だよ、頑張んないとね!」
 触れた手の温かさが心地よい。
 やはり自分はこのひとのことが好きなのだ、とグリシーヌは思った。



 その頃ロテュス・エルマン・デヴェレイは古都ブルンネンシュティグの噴水前で人を待っていた。
 が、珍しく供の者は一人も付いていない。細い体躯に似合わぬやや大振りな剣を左手に携えているのも、通常の彼とは少し違っていた。
 妹が持つものと全く同じデザインの懐中時計を見ていると、急に文字盤に影が差す。
 視線をそのままに、ロテュスは時計の蓋を閉じた。
「四分の遅刻だ」
「あらーごめんなさーい? なかなか仕事抜け出せなくってぇー」
「相変わらず忙しそうだな」
「あんたこそこんな時間にこんなところで油売ってていいのォ、ロティ?」
「女の名で呼ぶな!」
 正面の長身の男――千代木・ティーニカは失笑した。
「いいじゃない、きれいな顔したあんたにはこっちの方がお似合いよ」
「千代木、貴様」
 慣れた手付きで柄に手を掛ける。
「剣の錆にされたいか?」
「あらロテュス、ギルド戦に出なくなって久しいあんたがアタシに勝てると思って?」
「鍛錬は怠っていない!」
 抜き打ちざまに水平斬り。その細腕と大きな剣からは想像もつかないスピードだ。
 しかし千代木はその場で高く跳躍し、それを軽々とかわした。
「ちょっとー物騒ねやめなさいよォ。はいはい、腕は鈍ってないわ立派よロティちゃん」
「そのなめくさった態度が僕を苛立たせることをきみはまだわかっていないようだな」
「もー、わかったわよォごめんなさいー。ほら、剣しまいなさいよわざわざこんなとこまで喧嘩しに来たわけじゃないでしょ?」
 ロテュスは不機嫌そうに眉間に皺を寄せたまま剣を収めると、懐から袋を出して千代木に渡した。
 ずっしりと重い。
「きみの人脈を駆使して調べてほしいことがある」
「何これ。物資代にもならないわ」
「必要ならもっと出す」
「あんた、大商家の常務のポケットマネー幾らか知ってて言ってんの? 別にいらないわよこんな端金、アタシとあんたの仲でしょ」
 千代木は袋を突き返す。
「で、何?」
「妹に縁談がきた」
「あらやだおめでたい」
 そこまで言って、ふと気付く。ロテュスの――デヴェレイ侯爵の妹といえば、グリシーヌのことではないか?
「どうかしたか千代木」
「いいえ、何でも? ……で?」
「でも妹にはどうやら好きな男がいるらしい」
「…………へぇ」


 まさか。


「僕は妹が望まない縁談は断りたい。でも相手が相手でなかなか難しい。だから、何とか妹が想う人と添い遂げられるようにしてやりたいんだ。それには相手の情報が必要なんだが、妹はなかなか明かしてくれない――頼む千代木、妹の想い人を探し出してくれないか」
「は、はは」
 千代木は、ぎこちなく笑いながら、ロテュスから目を逸らした。ロテュスが怪訝な顔をする。
「何だ」
「いや……」
 素に戻っている。
「千代木。何か知っているのか?」
「知ってる」
「何をだ!」
 胸倉を掴もうとしたロテュスの手を回避し、千代木は何ともいえない苦笑のまま言った。
「それ、うちの弟。しかも一番下の」
「なっ……って、え!? 一番下!?」
「もうすぐ十七」
 数秒、沈黙した後、
「何だって!!?」
 ロテュスに衝撃が走った。





------------------------------


 ティーニカ家編で千代木がグリシーヌの味方をした理由がこれ


 「親友の妹だから」


 兄の親友なのに、グリシーヌが千代木のことを知らなかったのは何故か?

 まぁそのへんはいろいろあるんですよいろいろ。



拍手

コメント

中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

カウンター

カレンダー

07 2017/08 09
S M T W T F S
1 2 3 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

最新CM

[03/28 るん]
[11/22 アサルト]
[08/04 アカアオ]
[01/13 れぃす]
[07/07 ぜっさんはつばいt(ry]

ついったん

アクセス解析