the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/番外編 Bijou epeiste




「…………ぷっ」
「はっ! ろっ、ロテュスさまっ!?」
「グルナ。貸しなさい僕がやろう」
「だっ、だだだダメです、これは私の仕事なんですっ!」
「だって、届いてないじゃないか。ほら、貸して」
「ダーメぇーっ!!」


 私はグルナ・トルーヴェロ、十六歳。
 一応、このお屋敷のメイド。



     ‐Bijou epeiste‐



「屋敷の主に窓を拭かせるなんて、怒られちゃうじゃないですか」
 そう言うと、私から奪った窓拭き用雑巾で高い位置の窓を拭くロテュスさまは苦笑いしながら振り返る。
「きみのその身の丈じゃ脚立を使っても届かないだろう?」
「これからもっと伸びますから!」
「そう言ってもう三年も伸びていない気がするけどね。もう伸びないんじゃない?」
「うぅ」


 この人は優しそうな顔をして底意地が悪い。


「できるだけ簡単なことを、とは言ってあるけど……窓拭きも無理となると、さてどうしたものか。またウェスパシアに相談しないといけないな」
「……ロテュスさま。私、本当に他のメイドの方と同じように仕事を与えていただいても」
「グルナ」
 脚立から下りてきたロテュスさまは、チビな私に目線を合わせて笑い、雑巾をよこした。
「現在きみは僕の所有物。僕がどう扱おうと僕の自由だろう?」


 言葉だけを捉えれば、相当ひどい言い方。


「後々きみには大きな仕事をしてもらうことになる。雑に扱うわけにはいかないんだよ」


 でも本当は、知っている。


 言葉はひどくても、真意は言っているときの笑顔のように、あたたかい。





 私は元々伯爵家の娘、だった。


 過去形なのには理由がある。
 謀られて父が死罪となり、跡取りだった歳の離れた兄は罪人の息子と蔑まれ続け、精神的に追い込まれた末に自害。辛うじて生き残った母は私を「辛うじて国内」にある辺境の修道院に押し付けると失踪。いわゆる「一家離散」というやつだ。
 そうして私の生家は取り潰された――という何とも壮絶なことが十年と少し前に起きたわけだけれど、正直なところ、なにぶん小さな頃の話でよく覚えていない。
 幼い身に押し寄せた悲劇が怒涛の如き勢いで現実味を感じられないのか、はたまた私の思考に保護フィルターが張られているのか――それでも、私の家族はある日突然バラバラになり、もう二度と会えなくなってしまったということだけは、妙に冷静に受け止められた。


 そして人生第二の大きな変化が訪れたのは、修道院の暮らしにも馴染みきり、丁度私が十五になる少し前だった。


「久しぶりだね、グルナ」


 ロテュスさまが、修道院に来た。

 ロテュスさまは私の父から剣を習っていた人で、私が生まれたと同時に嫁ぎ先として決められていた人。
 兄よりも年上だけれど、私は大好きだった。


 とはいっても、恋とかそういう感情とはちょっと違っていたと思う。ロテュスさまには妹君がいらっしゃるし、私は私で実兄とは疎遠だった分懐いている、といった体だ。
 それだから、この人の元へ嫁ぐのなら嫌いじゃないしまぁいいかな、なんて幼児ながらに考えていたのだけれど――


「しばらく顔を出せなくてすまない。どうしても片付けなければならないことがあってね」
「いいえ、こうして来ていただけるだけでも、私は嬉しいです」
「そう。……早速だけど、用件を言おう。きみを引き取りにきた。今日からきみは僕の屋敷で暮らすことになる」
「……婚約は家の取り潰しと同時に解消されたと伺っています」
「そうだね。だからきみを娶るわけじゃない」


 貴族の婚姻関係とそのシステムというのは実に複雑で残酷だ。家がなくなったと同時に、私は貴族の令嬢としては最も重要な「嫁ぎ先」も失っていた。つまり、私という存在が無価値なものとみなされてしまったのだ。
 それでも、ロテュスさまが私が修道院に放り込まれたと知るや否や定期的に顔を見に来てくれるようになったのは、剣の師である父に対する恩義と、私のことをもう一人の妹だと言って可愛がってくれているからに他ならない。私は自身が価値のなくなった存在であるから死にたいなどと、そんなネガティヴな考えには至らなかったけれども、ロテュスさまの訪問は確かに励みになっていた。


「じゃあ、どうして」
「少しだけ、きみの時間をくれないか」
「私の時間……ですか」


 何故、婚約解消になった私を引き取ったのか。


 屋敷に移っても、はぐらかされてばかりで詳しいことを話してくれようとはしなかった。

 ただ、「トルーヴェロ伯爵令嬢グルナ」からただの「グルナ・トルーヴェロ」となった私をそのまま屋敷に置いておくのは不都合だということで、メイドとして働くことになった。但し、メイドとは名ばかりの「子どものお手伝い」程度の仕事ばかりをやらされる半客人的扱いで。





 そんな生活にも慣れ、のんべんだらりとメイドもどきの日々を送っていた今日この頃――その宣告は下された。


「さて、グルナ。ちょっと一休みしようか」
「えっ……でもまだ掃除始めたばっかりっ……」
「いいから来なさい」

 実をいうと、こういう急な呼び出しはそう少なくない。
 そして何をするのかというと、大抵はロテュスさまが仕事で使う書類の整理をやらされたり、暇だからとお茶の相手をさせられたり。他の人は寝所でのお相手もさせられているとかそんな噂も聞くけれど、私はそういうことは全くない。恩師の娘じゃ手は出し難いのだろう。


 通されたのはいつもの執務室でもロテュスさまのお部屋のテラスでもなく、応接間だった。
 そしてそこにいたのは、きらきら輝くような金色の髪の男の人。


 ……あれ、この人どこかで見た……?


「ああ、グルナどの。美しくなられた」
「…………ジュスト、さま?」
 将軍の甥のジュスト・ユアン・ブレートその人だった。
 ジュストさまは、私の手を取って挨拶のキスをした。
「じゅっ、ジュストさまっ!? 何をなさっているんですか私は今っ」
「侯爵家の令嬢に無礼があってはブレート家の名が廃れましょう?」
「仰っている意味がわかりませんジュストさまっ、そもそも私は元はくしゃ……く……」


 「侯爵」?


 ロテュスさまを見る。
 私とは目を合わせないようにしながら、笑いを堪えている。

「…………ロテュスさま。何をなさったんですか」
「何って。きみを養女にしたんだけど?」


 なんですって。


「お…………仰っている意味がわかりませんロテュスさま」
「だから。今日からきみはデヴェレイ家の娘だと言っているんだよグルナ」
 ようやく目を合わせたかと思うと、わざとらしいまでににっこり笑う。ああ、本当にこの人底意地が悪いわ。
「どうして、そんな」
「ラズワルドどのは謂れなき罪で命を落とされた――嵌められたという証拠がないが為に、当時は誰もどうしようもできなかった。……とはいっても、ラズワルドどのに剣を習った人も多いし、何より人望があったからね。トルーヴェロ家で生き残り唯一所在の確かなきみを何とかしたいという人間は僕を含めて大勢いたということさ。まぁ、想像以上に時間はかかってしまったけれど」
 と、ジュストさまが苦笑する。
「それでもトルーヴェロ伯の汚名を雪ぎ、グルナどのの『罪人の娘』というレッテルを剥がすのに十年。充分すぎる迅速さだと思いますが?」
「私としてはもう二、三年は短縮したかったところですがね。お陰でゆっくり話をする時間もなかった」
 苦笑いで返しながら、呼び鈴を鳴らした。間もなくメイド長のウェスパシアさんがお茶を運んできた。前から思っていたけれど、この屋敷のメイドさんたちは容姿は勿論仕事のレベルも高い。自分が特別枠だということはわかっていたけれど、きっと私浮いていたんだろうな……。
「さて、グルナ。きみは晴れてデヴェレイ家の娘になったわけだけれども――今この状況がどういうことか、わかるね?」
「…………私をジュストさまの元へ嫁がせる。でしょう?」
「嫌なら他を当たる」
 私とロテュスさまが黙ってお互いを見据えていると、ジュストさまが困ったように笑った。
「デヴェレイ侯爵はできるだけ安定した家の、貴女の見知った人物を探していたんですよ。ご自分のことはそっちのけで、ね」
「え」
「ジュストどの」
 ロテュスさまが名を呼んで笑顔を向けるだけで、ジュストさまは黙り込んだ。家柄はジュストさまの方が上だけれど、個人の地位としてはロテュスさまに軍配が上がる。何しろ議員で正騎士号も持っている。歳も上だし。
「い、いや、あの……正直なところ、私もグリシーヌどのとの話が破談になって間もないわけですが……もし、よければ」
「お受け致します」
「へっ」


 全くもう。


「我が父の冤罪を晴らすだけでなく、私の身を案じて保護していただいたご恩に報いることは当然のことです。それに、デヴェレイ侯爵の妹君でいらっしゃるグリシーヌ姉さまがお断りした縁談の穴埋めには、デヴェレイ侯爵の養女たる私という存在は持ってこいでしょう?」
「グルナどの、その、無理にとは」
「但し、条件がございます」
「条件?」
 私は壁に掛けて飾ってあった古い剣を取ると、鞘から抜いて正眼に構えた。


「ジュストさまが勝たれたなら、私は貴方の妻となりましょう」
「えっ」


 ジュストさまは先日グリシーヌ姉さまに完膚なきまでに叩きのめされたというトラウマからか顔が引き攣り、


「ぷっ」


 ロテュスさまは、堪えきれずに吹き出した。





 軍の訓練所の休憩室で一休みしていると、珍しく鎧をまとったロテュスさまがやってきた。
「どうして僕の妹たちはこうも揃ってはねっ返りなのかな」
「今日のお仕事は終わりですか?」
「抜け出してきた。どうせ僕がいなくても何とかなるし、今日は午後から約束がある。その前に体を慣らしておかないと」
 どう見ても重そうな鎧と大きな剣なのに、軽々とこの人は扱う。恐ろしい人。
「その後、ジュストどのとは?」
「明日の午前中に七度目の試合です」


 突然降りかかった養女通告と縁談から約1ヶ月。


 ジュストさまは、私に六連敗していた。


 当然のことだ。私も元正騎士ラズワルド・トルーヴェロの娘。護身術代わりにと物心ついた頃から剣の手ほどきは受けていたし、父亡き後もストレス発散の為に夜な夜なこっそり修道院を抜け出しては、剣を振り回していた……というのを知っているのは、修道院の数人のシスターたちとロテュスさまとグリシーヌ姉さまとウェスパシアさんぐらいのもの。最初の試合で何も知らなかったジュストさまが私の一突きで剣を飛ばされ、本人はおろか観衆が唖然としていたのも無理はない話というわけで。

 それでも、グリシーヌ姉さまのときのように一回きりで諦めたりせず、懲りずに何度も挑んでくるあたりは、少しは好意を持ってもらっている――と思ってもいいのかしら?


「ご覧になりますか?」
「どうせまたきみが勝つ」
「あら。ジュストさまのレベルの伸びが顕著なのをご存知ないのですか? 負けてしまうかもしれませんよ?」
「きみだって恐ろしくレベルが上がっているのに?」
「ふふふ」
 顔を見合わせて、笑う。
「騎兵隊の副隊長たる者が女性に負けたからといっていつまでも萎れられていては、軍の沽券に関わるからね。きみのような起爆剤がいるだけでジュストどのは勿論軍全体の士気が上がっているのは大変喜ばしいことだ」


 本当に、恐ろしい人。
 この人は、ご自分の妹君と将軍の甥御であるジュストさまの縁談が妙な形で破談になり、その噂が広まってしまったという大変なことを、私という存在を利用してうまく収束させてしまったのだ。
 ジュストさまは失礼ながら剣士としてはそれほど強くはないけれど、性格のせいか慕う人も多い。


どう見ても小柄な小娘である私に負け続ける姿を見た兵士たちが陰ながら応援し、また自らも腕を磨こうと以前よりも訓練に力を入れるようになったという。しかも数少ない女性軍人の地位も見直されてきているとか。


「何より、そう簡単にきみに負けられてしまってもつまらない。そうだな、あと五十回ぐらいは勝ってもらわないと。グリシーヌだけならまだしも、フラれて間もないというのにきみにまでデレデレするような奴にそう簡単に渡したくない」


 相変わらずシスコンだなぁ……。


「そう仰るのなら、ロテュスさまが妻にして下さればよかったのに」
「僕の伴侶は一生気苦労絶えないだろうからお薦めできかねる」
「まあ」
「さて、」


 手が差し伸べられる。


「お手合わせ願いましょうか、マドモアゼル」
「望むところですわ」





 本当は、ジュストさまに何度も挑まれて私も楽しくなってきてしまっている――なんて言ったら、多分この人はもっとハードルを上げてしまうだろうから、黙っておきましょ。



     <Fin.>





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 ちっちゃいお嬢ちゃんだからってなめたらアカンぜよ

 ということで、第二十話から最終話の間にあったお話でした

 グリシーヌが縁談をお断りしちゃったのでその後始末をロテュスにやらせたくてサササーッと書いたものです

 グルナ自身は風散とグリシーヌが出会う以前からデヴェレイ家にいたわけですが、話に全く出さなかったのでその点不自然にならないよう「身柄を保護されている名ばかりメイドお嬢さま」という何だかややこしいポジションにいていただきまんた んー割と無理矢理だな! でもまぁいいか!


 地位と家名と名誉を守るって大変ですね _(:3 ⌒゙)_ポリポリ






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中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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