the Drop Down Sirius

日常・一次創作・その他ごった煮

戸谷秀平の難儀/第9話






  謠子は喚き転がるかず美と秀平を順に見ると、
「ごめん。辛いことさせたね」
 秀平をぎゅっと抱き締めた。秀平のギフト能力は相手に幻影を見せるだけでなく、秀平自身にもその内容がわかってしまう。恐れるものを見せれば、その精神ダメージを共有してしまうのだ。
「俺は、大丈夫、です」
 今回は普段不仲の兄のことばかり考えていたからか、幸いかず美に見せたもののことはよく覚えていないが、かず美が激しく叫喚(きょうかん)していたらしいことは知っている。余程恐ろしいものを見たのだろう。ひとつ、息を吐くと、一気に現実に引き戻されたようでどっと疲労感が出る。
 遅れて事務室に入ってきた平田のすぐ後ろに長身の熟年の男の姿が見える。秀平と――優真に、似ている。
「誠」
 気付いて秀平は父に駆け寄る。
「誠、ゆーまは、ゆーまが」
「父ちゃんと呼べぃ!」

 拳骨。
 ごっ、と鈍い音がした。

「んぃっ…………っっ‼」
 誠は呆れた顔をした。
「優真? なぁに寝惚けたこと言ってんだお前。今日も元気で真面目に勤務してるに決まってんだろうが」
「ほんとに? ゆーま、大丈夫なの?」
 不安げな息子の顔に察した誠の手が、秀平の頭をがしがし撫でる。
「昼間謠子ちゃんとこ行く前に顔出してきた。大丈夫、無事だよ」
「そっか……そっか……」

 無事なのか。

 安心した途端に力が抜ける。よたついたところを、誠が支えながらにやにや笑う。
「なーんだぁ、心配だったのかー?」
「違う」
「お前世利子にべったりだけど何だかんだ優真のことも大好きだもんなぁ」
「違う、好きじゃない」
 とん、と突き放すが、まだふらつく。今度は平田が支えた。
「帰るぞ。いつまでもここにいたら捕まっちまう」
「え、でも」
 知香を振り返る。紋章が出るのは服に隠れて見えない場所ではあるが、ギフトを使っているところを一部始終見られている。
 しかし知香は、
「誰にも言いません」
 少し笑うだけだった。
「え?」
「修平さんに、そう言われているので」
「それって、」
 
 そうだ、訊こうと思っていたのだ。

「あの、黒宮さんって」
 しかし平田に強く腕を引かれる。
「ほれ、撤収撤収。詳しい話は後だ。んじゃ謠子様、こいつ置いてきたらまた迎えにっから。小父おじさん、ちょいとうちのお嬢宜しくお願いします」
「はぁい」
「あいよォ」
 ふと、また知香を見る。
 目が合った知香は、
「さっきは、邪魔しようとしちゃってすみませんでした。ありがとう、ございました」
 小さくお辞儀をした。

 上げた顔は、相変わらず儚げではあるが、少しすっきりしていた。


 後部座席に座る秀平は、ぼんやりと窓の外を見ていた。運転席の平田が声を掛ける。
「コンビニ、寄ってくか?」
「もう飯の時間になるでしょ。夕飯何です?」
「今日忙しかったから、なーんも準備してねえや。寿司でいいかな、多分謠子遅くなるし……あ、お前魚ダメだっけ」
「寿司は平気ですけど昼間も食いました」
「マジかー、俺最近ピザきっついんだよなぁ」
「歳ですね」
「うっせ。あ、うなぎ……お前うなぎ平気?」
「食べれますけどあんまり」
「ワガママ言うなよぉ」
「清和軒でいいじゃないですか」
「中華かぁ~」

 沈黙。

 赤信号で停止したタイミングで、秀平は切り出す。
「先輩。あんたどこまで知ってるんです?」
 謠子が今回の事件のことを全て把握しているのだとすれば、平田もその九割くらいは知っているはずだ。普段の態度や言動からはそう見えないし謠子程ではないが、彼もそれなりに頭が切れる男だ。
 ふっ、と、息をついて。
「まぁ、大体は」
 予想通りの返答。
「黒宮の正体も?」
 僅かに間を置いて。
「トダ、お前どこまでわかった?」
 問い返され、秀平は少し迷ったが、思い切って口に出す。
「黒宮修平は、キャプター……なんですよね? あと戸谷です」
「お前、ほんと勘がいいな」
 平田は笑う。
「黒宮修平――本名、修平・ブラックウェル。正確にはキャプターに似ちゃあいるがちょっと違う、でも役職としては似たようなもんらしいな。まぁ海の向こうのどっかの国の・・・・・・・・・・・・そういうお仕事してる奴・・・・・・・・・・・さ」
 言葉を濁しているということは、あまり大きな声では言えない話のようだ。思わぬ規模の話に秀平はほんの少し、臆した。
「真木原のおばちゃんな、二年前から失踪者が出始めたそれよりずっと前から目ェ付けられてたんだと。何でも、海の向こうのどっかの国の採掘場から作業員が消えて、そんとき居合わせてたおばちゃんが直接仕入れて輸送しようとした石と採掘場のデータが合わねえ、なんてことがあったらしい。最初は作業員が掘った石パクって逃げたんだろうって話で落ち着いてたんだが、それが二年間、四ヶ国で六回起こって、そのどこもにおばちゃんがいたという記録があった。でもおばちゃんが何かしたっつー証拠がどーしても見付からねえ。そこでそんな奇妙な事件が起こった各国のお偉いさんが額集めた結果、おばちゃんはギフテッドだろうと判断され、ハーフだかクォーターだかで超日本人顔で日本語も喋れるって理由でブラックウェルが真木原宝飾店に近付いて調査することになった、んだけど、」
「潜入捜査がバレて仕方なくキャプターに協力を仰ぐべく通報しようとしたら、逆に狙われることになった」
「そゆことォ」
「それであの奥さんは、黒宮……ブラックウェルを始末しようと調べ回って、間違えて、でも折角石にしたからとそれを加工して売り捌いた……」
 繰り返すことによりだんだんと代償が蓄積し、判断力を失っていったのだろう。それでも執拗に追い回し、同時に己の欲を満たしていたのだ。
「……間違えられて石に、か。やりきれねえなんてもんじゃねえよな、本人も身内も」
 平田の言葉に、先程見た紫水晶の塊を思い出す。

 わけもわからず石にされて、カットされて、磨かれて、売られて。
 しかもその金も、下衆な男に使われて。

 厭な気分になった。

「先輩、やっぱコンビニ寄って下さい。酒飲みたい」
「奢ってやっからアイスにしとけ。ギフト二回も使ったんだろ、今飲んだら体にも精神的にも悪い」
「……はい」
 機嫌が悪くなったのを見透かされたか。こんな状態で飲酒をしたら、確かに悪循環かもしれない。
 急に眠気に襲われる。やはり心身共に消耗しているのか。
 気付いた平田が、軽く溜め息をついた。
「寝てろ。アイス何がいい?」
「……いちご」
 吸い込まれるように、秀平は眠りに落ちた。



 キャプターに捕獲された真木原かず美と安河元宣は、アビューザーとしてエリュシオン内の房に収監された。かず美が国を跨いで行った罪については、また後々処分が決まるらしい。
 知香はというと、かず美のことを黙っていた件で犯人蔵匿の罪に問われかけたが、自身の身も危なかったことや事件解決への協力によって情状酌量されるだろうとのことで、年が明けたらブラックウェルと結婚するという話だ。

 事件の後処理に終われ続けて一週間、ようやくひと段落ついたものの、謠子はご機嫌斜めだった。

「最初からそういう話だったって予め教えてくれてもいいと思わない? 第一ブラックウェルの身分だって別に僕が最初から知ってたってよかったわけじゃないか。わざわざ経歴調べて国籍調べて役職まで突き止めて国に直接に問い合わせて、なんてどれだけ手間かかると思ってるのさ」
 浄円寺家の庭先。池の鯉に餌をやりながら憤る謠子に、洗濯物を干している平田が苦笑する。
「一応国際的な事件、しかも秘密裏に行う作戦なんてそんなもんだろ。下々の者には必要最低限の情報しかよこさねえ。……まぁ? これでうちのお嬢さんに隠し事は通用しねえってあちらさんにもよーくわかったんじゃねえの?」
「僕だって何でもわかるわけじゃないよ。……お爺様とお婆様のことが調べきれてない」
「…………それは、追々、な」
 謠子に日傘を差していた秀平は、黙って二人のやりとりを聞いていた。詳しくは聞いていないが、謠子がキャプターになった経緯に何かいろいろと事情があるらしい。彼女らがそれを秀平に話さないのは、巻き込むまいとしてのことだろうとわかっている。
「あの男もあの男だ」
 謠子の憤慨は冷めやらない。
「何で勝手に僕に仕事回すような真似するんだ、頼んでもいないのに。しかもあの男に協力を仰ぐブラックウェルもブラックウェルだ。あの男はアビューザーだよ? どうかしてるんじゃないの?」
「んー、そこはさぁ……ほら、犯罪者つっても自分のとこじゃないよその国の人間だから……アレじゃね? いいじゃんあいつのお陰でこっちも策立てられたんだし」
「アビューザーだよ⁉」
 重ねて訴えるが、
「自分だって同じようなことしてるじゃねえか。罪を犯す側の思考を知りたい、なーんてタワモトなんかと仲良くしちゃってさァ」
 平田に突っ込まれた謠子は頬を膨らませた。頭の回転は大人顔負けではあるが、こういうところはまだまだ子どもだ。
「で、平田くん。きみ、あの男に何を渡したの?」
 一瞬、詰まった平田は、空っぽになったランドリーバスケットに洗濯バサミの入った小さなカゴを入れて謠子の横まで来ると、謠子の持つ鯉の餌の袋に手を突っ込んで、取り出した餌を投げ付けるように池に放った。
情報料カネ以外なんもやってねえよ」
「嘘ついたらきみのパソコンの中身ぐちゃぐちゃにするよ」
「やめろよ復元すんのめんどくせえんだぞ、何もやってねえっつってんじゃん! 『ウタコの写真三枚くらい欲しいな~♡』とか言われたけどアビューザーのあいつがお前の写真なんか大事に持ってたら何かあったときいろいろまずいだろうがよ!」
「そう。ならいいけど」
「あの」
 それまで黙っていた秀平がようやく口を開く。
「それはそれとして、一応危ない目に遭うかもって覚悟はしてたんですから、俺にまで隠すことなかったんじゃないですか?」
 謠子と平田は顔を見合わせた。
「だって」
「ネタばらししたらお前、警戒しちゃって上手く拉致られてくれねえだろ」

 聞けば、真木原かず美と安河元宣に攫わせるように、わざと秀平を一人で外に出したのだという。

 秀平が起床する前に黒宮修平改め修平・ブラックウェルの情報を掴んだ謠子は、まず平田に“心当たり”を確認させ、キャプター本部を通してブラックウェルが籍を置く某国に彼の所在と連絡先を問い合わせ、謠子がかず美のギフト能力を直接確認・捕獲権限を得られるように秀平を囮に使った――と、こういう筋書きらしい。

「それにしたってふざけてる」
 ブラックウェルがとある筋――謠子の言う「あの男」という存在から謠子のことを知り、事件解決の為に謠子自身と――キャプターである彼女がこっそり庇護しているランナーの秀平を利用しようとしていた、と知った謠子お嬢様はそれはもうお怒りだったのだと、先日平田が零していた。
「ブラックウェルにはもう関与しないにしたって、あの男にはいつか痛い目を見てもらわないとな」
 どうやらブラックウェルよりも彼に情報を流した者に腹を立てているようだ。平田が宥める。
「やめてやれよ、愛しの謠子様に活躍してほしかったんだよあいつも」
「やり方が気に入らないって言ってるの! あの男のせいで僕じゃなくてトダくんが危ない目に遭うなんて冗談じゃない!」
「謠子様、餌やりすぎ。あと戸谷です」
 池に向かってぽいぽい投げている怒れる小さな友人から鯉の餌を取り上げて、秀平は笑う。
「もう過ぎたことだし、無事だったんだからいいじゃないですか」
「だって」
「いつも言ってるでしょ、俺は運がいいって。そう簡単に死んだりしません。じゃなきゃ貴女の犬は務まりませんよ」
 本当は、秀平を囮にするのは嫌だったはずだ。彼女は近しい人を失うのを恐れている。


『謠子ちゃんや父さんの手伝いだって堂々できる。好きなんだろ? こういうの』


 優真の言葉を思い出す。
 揉め事は御免だが、謠子のことは大事な友人であり、妹分であり――


「そういや、キャプターって、……なるの、難しいんです?」
 謠子が見上げる。
「なりたくないんじゃなかったの?」
 日傘の影がかかっていても、彼女の持つ日本人離れした明るい色彩はきらきらと眩しい。それは彼女の父譲りのものだが、

(喜久子さんに似てきたなぁ)

 昔憧れていた存在の面影を、はっきりと感じ取る。

「やっぱり、ランナーって不便だなーって思って。結婚もできねーし」
「その前に相手いないでしょ」
「謠子様結婚しましょうよ、俺逆玉すげー憧れてるんです」
「そんな気全然ないくせに!」
 声を上げて笑う。
「僕としては、施設には戻ってほしくないけど……僕も人手が欲しいし、きみがそれを望むのなら尽力するよ。そうだな、まずは過去の試験問題を使って勉強してみようか。その前にきみのタブレットを買ってこないと。そう、そうだね、これから買いに行こう」
 先程の不機嫌はどこへやら、謠子は楽しそうだ。
「平田くん、着替え、この前買った赤いの! トダくんが作ったピンもできてるよね?」
「戸谷ですよ謠子様」
 しかし聞かない謠子は逸っているのか家の中へと駆け込む。それを見届けた平田は、
「おい、秀平」
 バスケットを持ち上げ、秀平は、
「何です浄円寺さん」
 日傘を畳み、並んで歩く。
「その名前で呼ぶなっつってんだろ」
「最初に呼んだのそっちでしょ気持ちわりーから下の名前で呼ばねーで下さい」
 一瞬、間を置いて。
「お前には絶っっっ対やんねえからな」
「だからいつも即破談になってるでしょ。そもそもあのお嬢さんの手綱は俺じゃ扱いきれませんって。……まぁ、あと五、六年もすれば射程には入り」
「燃やすぞてめえ」
「冗談ですってばーおじさんこわーい」


 それでも何か、力になれれば。



 三年後、戸谷秀平はキャプターに就任し、シーゲンターラー謠子の直属の部下となる。



     <了>



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 気の向くままにちまちまカキカキ、約8ヶ月の連載でございました

 いろいろ考えるの難しかったですが、書いててものすごく楽しかったです

 やっぱり文章書くの好きなんだなーと思いました


 謠子・平田・戸谷の3人は動かしやすくて気に入っているので、他の二人をそれぞれメインにした話も書きたいにゃ~と思っております






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HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉とまぐろとホタテでホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:隠の里

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