the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第十三話 ストロング・ウィスティリア




 風散は帽子をソファの上に放り、
「で、何がどうなって家ん中ぐちゃぐちゃになってんの」
 テーブルの上に残るカヌレを手に取って食べる。
「うま。久々だな母ちゃんのカヌレ」
 兄・姉たちは沈黙する。言い難そうだ。
「あ……えと……」
 数秒の後、ようやく梅丸が口を開くと、
「ああ、あの関係か。……これ飲んでいいよね」
 カヌレを食べ終えた風散は指を舐めながら、ソファの真ん中――グリシーヌが座っていた場所の前にある、手の付けられていない紅茶のカップを持ち上げた。
「俺知ってるよ。この家が何をしているのか」



     ‐ストロング・ウィスティリア‐ 



 三人は思わず彼の顔を見た。彼らが末弟は、まずかったかな――そう言いたげに、苦笑した。
「始末屋ギルド・瑠璃蜘蛛……元々はタトバ山北方に住んでいたとされる伝説の殺し屋・朽葉(クチバ)の流れを組む一族から派生した暗殺集団。存在すると囁かれ始めたのは百六十八年前、当時のブルンネンシュティグ王国の宮廷魔法師の不審死が表沙汰になったことが原因。その際現場に多くのティエンケの幼生がいたこと、そして遺体からティエンケの毒が検出されたことから、『瑠璃色の蜘蛛に殺された』という噂が広がる。以降同じ手口で殺される要人が何人か出たため、ティエンケがその場にいることイコール『そういう集団がいる』と見做され、瑠璃蜘蛛と呼ばれるようになった」
 一通り述べると、冷めた紅茶を一気に飲み干す。
「フー……何で、いつから……」
 千代木が力なく問うと、風散は特に気にしていないような顔で、
「ん? 結構前から。四、五年前かな」
 さっくり答える。梅丸は溜め息をついた。
「やっぱり……」
「何かみんな隠したがってたから、黙ってた方がいっかなーって思ってたんだけど……帰ってきたらすっげぇ家ん中荒れてるんだもんさ。とうとうバレて踏み込まれたんじゃねーかって冷や冷やしちゃったよ」
「嫌じゃ、ない? そんな家族」
 喜久が不安そうに言うと、風散はにこっと笑って姉に抱き付く。
「しょーがねーじゃん、そういうこと昔っから仕事にしてる家なんだからさ。そりゃ、人殺してるなんて聞いていい気分はしないけど、同業者なんて腐る程いるんだし、残念ながらそういうのが仕事として成り立っちゃう世の中なんだよな。……喜久姉ちゃんは、大丈夫なのか? しんどくないか?」
 喜久も弟の抱擁に応じる。
「たまに、すごく辛くなる」
「うん。だよね。でも、ちゃんと人の心が保ててるって証拠だよ。俺の姉ちゃんは、優しい人。喜久姉ちゃんだけじゃないよ。ちよ兄ちゃんも梅兄ちゃんもみんな、他の誰かに代わって重たいものを背負ってる。多分、そういう仕事なんだよ」
「ごめん。ごめんね風散」
「何で泣くのー。いいんだって、気にすんなよ。みんな俺に関わらせたくないから秘密にしてたんだろ?」
 泣きじゃくる長身の姉の頭を撫でながら、風散は今度は千代木の方を見た。
「で、何があったのちよ兄ちゃん」
「フーちゃん、あんたどこまでうちのこと知ってるの」
「大体知ってるよ。殺した人の名前と実行日時、そのとき誰が実行したかまでね」
「リストまで暗記してるの……ほんと恐ろしい子ね」
「最初見たときから察しはついてたけど、図書館行って昔の新聞で確認したらすぐわかったよ。あんなのわざわざ帳簿付けないで処分すりゃいいのに。証拠として取り上げられたら言い逃れできねーぞ?」
 弟の発言に三人はぐっと詰まる。最も関与していない人物からまさかこんなに冷静な意見を言われようとは。
「ま、何か必要があるから書き記すようになったんだろうけどさ」
「……じゃあ、あの子の――グリちゃんの曾お祖父さんのことも」
「あ、あれそうなんだ? 名前からして貴族だとは思ってたけど、グリシーヌの曾祖父さんだったのか」
「お前、ほんとにわかってんのか?」
 梅丸が怪訝な顔をした。
「俺ら、お前が好きなグリちゃんの仇だぞ?」
「あー、そっか。そうなるねぇ」
「のんきなもんだなおい」
「だって、俺が殺したんじゃねーし。グリシーヌだってあんまりデヴェレイ家の人間っていう自覚がないって言ってたから、そんなの黙っときゃいいじゃん」
「グリちゃん知ってるぞ。うちのじーさんが殺したって」
 兄の言葉に、風散はきょとんとした。
「何で?」
「俺が話した」
「何で?」
「グリちゃんを殺せって言われたから、グリちゃんを守る為に」
「意味わかんないんだけど」
「話すと長くなるんだよ」
「急がないんなら今説明して」
 できることならグリシーヌを助けてからゆっくり話したいところだが、彼女に生命の危機が迫っているわけでもない――姿勢を正すと、梅丸はこれまでのことを話し始めた。

 風散に家業を教えなかった理由、自分が風散の傍にいた理由、グリシーヌを殺せと言われたこと、その命令に逆らったこと、そして現状。

 話している間、風散は梅丸を真っ直ぐ見ていた。

 いつもならちょっとしたことで表情をくるくる変えながら口を挟んでくる彼であったが、おとなしいままだった。それが更に兄・姉たちにプレッシャーを与えていた。そのうち泣き出すんじゃないか。末弟に泣かれるのには家族全員が弱い。

 しかし風散は意外にも冷静であった。

「ふぅん……成程ね。で、グリシーヌは無事なの?」
「一応、親父の言葉の感じから、グリちゃんが危ない目に遭うようなことはないと俺とちよちゃんは思ってる。でも当主がどう出るか」
「当主って、じーちゃん?」
「確かにあの人が全権握ってるように振舞ってるけど、じーさん実は分家の入り婿だぜ」
「え、じゃあ」
 千代木が風散の頭に帽子を被せる。
「お前は知らないだろうけど、この家で一番恐ろしいのは爺さんじゃない。朽葉の再来とまで言われたシフ武いなほ・ティーニカ――婆さんの方だよ」
「へぇ」
 きゅ、と帽子の紐を締めて、
「ま、こういうのは意外と女のが強いってね……でも何でかな。多分ばーちゃんのがレベルすっげえ高ぇのに、何か負ける気しねーや」
 笑う風散が、兄たちには妙に頼もしく見えた。



「やだ、この人可愛いわ八重ちゃん」
「ほんとね吉野ちゃん」
「胸おっきーぃ」
「腰も細ーい」
「背は高いのにほっぺたぷにぷにの丸顔、目はくりっと大きいラベンダー色……あらちょっと眉太いのねこれチャームポイントよ八重ちゃん」
「貴族なのに何か気高さがないわね、これもチャームポイントよ吉野ちゃん『親しみの持てる貴族』!」
「こんな人があのフーちゃんと!」
「やだ何それ萌える!」
 盛り上がる双子の少女たちの頭を、甲が軽くはたく。
「こら、離れろお前ら。グリシーヌちゃん困っちゃってんだろーが」
「えー、だってぇ」
「萌えるじゃなーい? 年上の巨乳庶民派貴族が弟とラブラブとか萌えるじゃなーい? 十歳差とか萌えるじゃなーい?」
 ねー、と双子は盛り上がる。グリシーヌはもう違うと指摘する気もなくなってきている。
 ふと、正面を見る。
 革張りの椅子に悠然と座る老女。背筋が伸びているせいか、幾分若く見える。その傍に従うように立つ老爺もそうだ。程よく締まった体が年齢を感じさせない。
 周囲には彼らの孫――つまりは風散の兄や姉たちだろう――がグリシーヌの動向を見守るように立っている。が、何故か殺気は感じられない。

 腹を括るしかない。

 グリシーヌはコートの裾を持ち、膝を折った。
「ご挨拶もなく突然の来訪、申し訳ありません。グリシーヌ・クリスティン・デヴェレイと申します」
「こちらこそ手荒い招待の仕方をして済まなかったね。ティーニカ家当主――風散の祖母のいなほだ。こっちは婿の樹。あんたの曾祖父さんを殺した男だよ」
「ええ、お話は伺っています」
「まぁ、お座りよ。さっきはゆっくり茶も飲めなかっただろう? しの、用意を頼むよ」
「はい」
 たおやかな女性が部屋を出る。グリシーヌよりいくつか年上だろうか。そういえばここに来るまでに何度か耳にした名前だ。だとすれば、家中に仕掛けられたトラップの数々は彼女と――先程自分にまとわりついていた双子の片割れの手によるものだということになる。「人は見かけによらない」とはよく使われる言葉ではあるが、それでも兄弟の中で最も高い実力を持つという千代木を苦戦させていたことを考えると、なかなか侮れない存在なのかもしれない。グリシーヌは内心舌を巻いていた。
「あんたが、あのソールの曾孫ねぇ」
 微笑むいなほに、グリシーヌは向き合う。
「お知り合いだったのですか?」
「ソールもあんたと同じウィザードだったんだよ。ナクリエマ王の学友で、王室付きの魔法師でもあった。その頃ちょうどあたしと樹もビガプールにいてね。二人でソールの護衛をしていた。あんたによく似た穏やかな目をした、優しいいい男だったよ」
 そういう関係であったなら、それなりに親しかったのではないか。
「では何故……そんな近しい存在であった曽祖父を?」
「彼が」
 樹が、小さく言う。
「ソールが、望んだことなんだ」
「え……?」
 茶と菓子が運ばれてくる。先程と同じ茶の香りだ。
「どういうこと……なんですか?」
「当時の王は強引なところがあってね。本来議会を通さねばならないことも独断で決めてしまうことが多々あった。それでクーデターを起こそうという動きが貴族たちの間で出始めて……ソールはそれを止めようとした」
 上品な所作で茶を飲むと、いなほが樹の後を続ける。
「ソールは自分にも責任があると思っていたんだね。実際何度も王を諌めていたらしいけど、それでも王は聞き入れなかった。でも幼い頃からの友人を裏切ることはできない。散々苦悩した結果――最も信頼する自分の存在がなくなれば王は目を覚ますんじゃないかと考えた」
「それって、まさか」
「そう。ソール・アルベリック・デヴェレイの暗殺を依頼したのは、他でもないソール自身なんだよ」
「でもっ……どうして、自分で自分の暗殺を依頼だなんてっ……」
 到底ありえない話だ。それならばいっそのこと自害すればいい。
「世の中にはすごい力を持っている奴がいるものでね。ソールもその一人だった。ソールはあたしらが瑠璃蜘蛛であることを知っていた。話したんじゃないよ、『見えた』って言うんだ。参っちゃうよね、代々秘密にしてきたことが初対面でバレちまったんだよ。でもソールは、全て――いずれ自分をこの世から消し去る存在であることも知った上で、あたしと樹を傍に置いていた」
「『全て』って……」
「ソールはただの優れたウィザードじゃなくて、予知能力を持った――いわば異能者だった。国に雇われた所以さ」
「だったら、回避することだってできたんじゃないですか? 先が見えているのなら、やり方を変えれば」
「予知能力ってのはそんなもんじゃないらしいんだよ。見えてしまったものは決して変えることができない。そこは本人も何度も試してみたらしい。ただ、見えたこと以外の『先』は変えることができるんだって言ってたよ」
「つまり――避けることができない事項を軸にして変化させることができる事項がある、と」
 いなほは頭がいい子だね、と笑った。
「だからあたしたちはソールをただ殺害するんじゃなく、殺したふりをしてソールの身柄を隠した」
「殺した……『ふり』……?」
「ソールが見た未来は、樹が自分を『この世から消し去る』こと――要は、殺す必要はなかったのさ。だからソールが見た通り、樹一人でソールが殺されたように見せかける細工を施した。これで『樹・ティーニカがソール・アルベリック・デヴェレイという存在をこの世から消す』という事項が成り立つ」
「じゃあ……樹さんは……」


 ティーニカ家の人たちは。

 風散は。


「デヴェレイ家の仇じゃないということじゃないですか」
「いや、仇だよ。事実、世間に存在してはいけない『亡き者』にしてしまったんだからね。そのとき既にソールは心労でだいぶ体が弱っていたとはいっても、存在してはならない時間を十年近くも過ごした。王はソールがいなくなったショックでその後ある程度やり方を正して内乱は何とか回避されたけど、それでもソールは王が心配でたまらなくてもその前に出ていくことは決してできなかったんだ……さぞ、苦しかったろうね。そしてそんな状況を作り出してしまったのはあたしたちだ」
「でも貴女がたは……ソールお爺さまを殺さずに、救って下さったんでしょう? ソールお爺さまの大切な友人である国王陛下も、陛下の統治するナクリエマも」

 背負うものが重く大きい人たちなのだ、とグリシーヌは思った。

 彼らは世の中を動かす力を持っている。
 それゆえに、その責任は重大であり、そしてずっと秘していかなければならない。


 ――あぁ、だから。

 自分の命を脅かしていると知っても、何故か怖いと思わなかったのか。
 彼らの鮮やかで美しい紫の瞳には、どんなに明るく振舞っていても翳りが見えるのだ。


「言っておくけど」
 いなほは手を組み、テーブルに両肘をついた。
「ソールの件はうちの仕事の中でも特例中の特例。内容が内容だけに身内でも口に出すのは憚られる事例だ」
 グリシーヌは再び、いなほを見据える。
「殺しますか? 全て聞いてしまった私を」
「そうだね」
 いなほはにこりと笑った。
「本来ならそうしたいところだけど――残念ながらソールが見た未来は違う」
「え」
 それはどういうことなのかと問おうとしたときだった。


 ガチャッ ガチャガチャッ


 ドアノブが激しく動く。
 そして、


「あー、もうめんどいなぁ!」

 声の直後。


 ドガンッ!!


 扉が破壊され、吹き飛ぶ。
 部屋の中に、ひゅう、と風が疾った。
「ごめーん壊しちゃった。後で直せばいいよね?」
 前方に突き出した両手の構えを解きながら、声の主はずかずかと部屋に入ってくる。
「じゃーん。ヒーロー参上☆」
 謎のポージングをキメるその姿を見て、グリシーヌは、
「……風散くん!?」
 素っ頓狂な声を上げた。





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 仇だけど! 仇じゃなかった!

 そして風散が意外と冷静に見えますが……


 まだまだ続きます






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HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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