the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第十七話 障害




「グリシーヌー、こっちこっちー」
 魔法都市スマグの、魔法学院近くにあるオープンカフェ。周囲は魔法を学ぶ学生でいっぱいだ。
 グリシーヌは招かれたテーブルの椅子に腰を下ろすと、フランボワーズのマカロンとイチゴのショートケーキ、そしてココアを注文した。
「相変わらずの甘党ねぇ。聞いてるだけで胸焼けしてくるわ」
「だって好きなんだもの。あら? 一人?」
「あぁ、娘? 実家に預けてきたわ。丁度お姉ちゃんも帰省しててさ、見ててくれるって。にしても」
 舐めまわすように、グリシーヌの全身を見ながら。
「珍しいじゃない? スカートなんか穿いちゃってさ。うっすいけど一応メイクもしてるし」
「え……どこかおかしい?」
「んーん。いいんじゃない? 何か女らしくなった」
「……もう、何言ってるのよイリス」
 旧友の言葉に、照れて笑った。



     ‐障害‐



「プロポーズされたぁ!?」
「ちょっ、イリスっ、声大きい!」
「あ、ごめん……」
 一つ、大きく呼吸して己を落ち着かせると、イリスはグリシーヌに詰め寄る。
「だって、考えてもみなさい? 女らしいのは顔と体ばっかで服はいつもくったくたで制服以外はズボンばっかだわデートのお誘いより研究優先するわブラックモード入るといつも眉間に皺寄せて顔に似合わないおっかないことばっかり言うわ料理できないわけじゃないのにめんどくさがってお腹すいたらお菓子ばっかり食べるわ部屋は汚いわ、そんな貴族のお嬢さまなんて名ばかりのあんたに惚れる男がいる方が奇跡よ!?」
 さすがに女友達は容赦がない。言い返す術もなくグリシーヌは沈黙する。何しろ友人の言は事実だ。
「……でも、まぁ、納得いったわ。それでそんな格好するようになったんだ。いいじゃなーい? オネエサン安心したわー」
「バカにしてるでしょイリス」
「そんなことないってー。で、それどんな男なの」
「ウィザードになってからソーティスくんに紹介された……その、武道家で……」

 十六歳だけど、とは言えない。

「あらまぁ、冒険家? それ収入不安定なんじゃない?」
「一緒にお兄さんと住んでるんだけど、生活費ほとんど負担してるって言ってた……」

 十六歳だけど、とはやっぱり言えない。

「へぇ、結構稼いでるんだ? ていうか、身元とかしっかりしてるんでしょうね? うちの大事なグリシーヌはどこの馬の骨ともわからない男にはやらないわよ?」
「実家は……その……ティーニカ商会……」
「えっ、嘘っ! 超大手じゃないの!」

 十六歳だけど、などと言えるはずもない。

「あ、何か聞いたことあるかも、あそこの息子って何人かシーフとか武道家やってる人いるんだってね! やだグリシーヌいいの捕まえたじゃない、あの家だったら絶対生活困んないし貴族とも付き合い多いっていうし、お兄さんも許してくれるって! って、お兄さんにはもう言ったの?」
「まだ……」
「えー? 何でー? あんたもう貴族としては行き遅れなんだからさー、さっさと嫁いで安心させてあげなさいよー!」
「それが……その……年下で……」
「今時そんなの掃いて捨てる程いるってば! ちょっとくらい下でも全然問題ないって!」
「…………ちょっとじゃないの」
 ココアに浮いているホイップクリームをスプーンで沈めながら、グリシーヌはこの上なく言い難そうに、小さく言った。
「十歳、下なの」
「は?」
 予想通りの反応に、溜め息を漏らす。
「だから、十歳下なの。ティーニカ商会の、末の息子さん。春に十七歳になるって」
 言葉を失ったまま、イリスはぐるぐるとコーヒーをスプーンで掻き回す。まるでそういう機械人形のようだ。瞬きもしない。

 と、その手が止まった。

「グリシーヌ……」
 ようやく思考が繋がったらしい。
「何故悩んでいるの? あんたそれ本気にしてるの?」
「え、だ、だって」
「十六とかガキじゃないの! いくら武道家でそこそこ稼いでるったって…………って、まさかあんた、その小僧に惚れちゃったとか」
「あ、あぅあ」
 返事の代わりに顔を真っ赤にする。イリスは呆れ帰り、首を横に振った。
「意味がわからない」
「なっ、何でよ!」
「良家の子息っていってもさぁ、何でそんな子どもに……え? 何? まさかすっごい美少年とか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
 愛嬌のある顔はしている――と、また思い出して、顔が熱くなる。
(あの後――)



「へ、じゃないよ。聞こえなかった?」
 不満そうに頬を膨らませる。
 間接照明の光が、深い紫の瞳を煌かせる。
 肩にかかる手の熱を感じる。
「え、えと、あの」
「本気だよ」
「え」
「よくわかんないんだけどさ。何か俺、この先もグリシーヌと一緒にいる気がするんだ」
 にこ、と笑った、その時――誰かの顔が重なった。


 今のは、誰?
 甲さん――千代木さん――違う。


 もっと優しくて、あたたかくて、陽光にきらきら輝く春風のような。


「聞いてる?」
 風散の声ではっとする。
「あ……」
「……そっか、疲れてるよね。今日いろいろあったもんね。ごめんね、こんなときに変な話して」
「あ、いや、その、ちがっ」
「お風呂、行ってきなよ。ずっとそんなとこにいて冷えたでしょ、体冷たかったもん」
「…………はい、行って、きます」


 それからというもの、風散の見舞いに行き顔を見る度に、何か――否、「誰か」が見えるようになった。
 何度も見るうちに、その「誰か」は風散にそっくりであることがわかったのだが――
(でもあれは、風散くんじゃない)
 随分と大人びて、というよりも、あれはどう見ても今の自分と同じくらいの年端だ。



『この先もグリシーヌと一緒にいる気がするんだ』



「言葉が意識下に引っ掛かって、妄想しちゃってるのかしら……」
「何か難しいことはよくわかんないけど、つまりそれグリちゃんの願望ってこと?」
 熱く焼けた石板の上の肉や野菜をトングで引っくり返しながら梅丸が言う。同じギルドに所属し、歳も近く、更に風散という共通の話題に事欠かないためか、ティーニカ家での一件以来共に行動することが多くなった。昼食や夕食に誘われることなどしょっちゅうだ。
 とはいえ、異性として意識しているわけではない。彼には意中の女性がいるらしく、グリシーヌに対しても基本的には優しいが、誰がどう見ても「ちょっと面倒見のいいお兄さん」という体である。
「でもさ、それってあながち妄想とも言い切れねえんじゃねえかな。はい肉焼けた、タマネギも食べごろだな」
「あ、ありがとうございます……どういうことですか?」
「グリちゃんの曽祖父さん、予知能力があったんだろ? それが遺伝してる可能性だってある」
 だとすれば、見えているのは何年後かの風散の姿ということか。
「でも、今までそんなこと」
「こないだのうちでの一件が引き金になってるとしたら? いろいろ刺激的だったろあの日は」
「だとしても……それ以外見えてこないんです」
「同じ能力でも個人差はあるんじゃ?」
「だって、そんな」
「『都合のいいこと見えるわけない』?」
 対面の梅丸がにや、と笑う。本当に風散とは色彩以外似ていない。
「いいじゃん、都合のいいこと見えたって。哀しいことや辛いことしか見えないよりましだろ」

「あ」

「何?」
「…………いえ」

 一瞬、共に所属するギルドにいる武道家兼シーフの女性の姿が隣に見えた、気がした。確か梅丸が他のシーフ・武道家のメンバーとよくつるんでいる。他のメンバーと違い、梅丸は一歩下がって接しているように見えたが――

(まさか、ね)

 後に梅丸と彼女は結婚することになるのだが、グリシーヌはもちろん本人たちも知る由もない。

「グリちゃんは、風散のこと好きでいてくれてるんだよな?」
「え、う」
「はは、ほんとわかりやすい子だなー可愛いなーグリちゃん」
「ううううるさいですよっ」
「貴族の庶子じゃ、うちぐらいの家なら嫁ぎ先として許容範囲じゃねえの? 商売の競争相手も少ねえから倒産するこたァまず滅多にないし、取引の関係上各地の王侯貴族ともちょいちょい付き合いある。自分ち持ち上げるつもりはねえけど、庶民の中じゃ財力も人脈もトップクラスの家だ。しかもあいつは今んとこプロフィール詐称してるけど学者としての地位もある」



「……そう。すごく、頭がいいの」
「はァ?」
 理解に苦しむ、という言葉をイリスは顔一面で表現した。
「何それ。ねぇグリシーヌ、あんたナントカってマニアックな論文ばっかり書いてる魔法生物学者だのそのガキんちょだの、知識に富んでれば顔知らなかろーが十も年下だろーが何でもいいわけ?」
「違うの」
「何がよ」
「……お願いだから、誰にも言わないでね。これが広まったら、本当に大変なことになる。彼に迷惑はかけられない」
 グリシーヌの真剣な表情に、イリスは思わず緊張した。
「その……私の憧れてた、藤花・ティーニカ先生は……彼なの」
「え?」
「本当の名前は風散・ティーニカ。ゴドム国立学士院の最年少主席学士で、ティーニカ商会の末子――そして私を護ってくれている武道家よ」
 度重なる衝撃の告白に、イリスの思考が再びフリーズする。

 数秒後、ようやく出たのは、

「……はあァ?」

 恐らくイリスが今まで生きてきた中で最も疑問を示しているだろう声だった。
「えっ、ちょっ……嘘でしょ、だって確かそのトウカナントカって、博士号三つぐらい持ってなかった!? 有り得ないよそんな十六、七のガキが」
「信じられないでしょうけど、本当なのよ。先週怪我して実家にいるんだけど、暇だから見せてって言われて持っていった昔書いたナラダ平原の植物と四大元素の関連性についてのレポート、提出したときより更に細かく添削されて更にダメ出しされちゃったんだから。目の前でよ」
「えっ……総合成績順位が常時学年上位五番以内だったあんたのレポートを……?」
「実家の部屋も見たんだけど、蔵書と実験器具の量が半端じゃなかったわ……あれは個人の部屋というより研究室、いやもう何ていうかある意味要塞? 習ったことない公式のメモとかが壁にいっぱい貼り付けてあるし……著書の原稿も見せてもらったのよ。筆跡は確かに本人のものだった。ご兄弟全員にもお会いしたけど皆働いてらっしゃるし、彼以外に該当する人物は誰もいないの」
「っはぁ~……世に言う『天才児』ってやつね。ちょっと会ってみたいわ」
 どんな姿を想像しているのだろう、と思うと、思わず苦笑いが漏れる。
「本人は結構普通よ。少し幼い感じがするけど、どこにでもよくいる男の子。でも真っ直ぐで、とても優しいの」
 イリスは大きな溜め息をつく。
「何それ惚気? ねぇ、惚気なの?」
「えっ」
「だって、つまりそれってお互い好きなんじゃないの。で? あんたは一体何を悩んでるんだって? マニアックな趣味は合う、家柄も不可ではない――あ、年齢ね年齢。でもまぁ、年増のあんたでも貰ってくれるってんなら嫁に行ってあげればいいんじゃない……あぁ、お兄さんというラスボスがいたわねあははははは」
「お兄さま……」
 気が重い。兄は自分には甘いが、さすがにこのようなことは気安く言えない。
 それ以前に、自分は一体どうしたいのか。確かに風散に惹かれてはいるが、好意を告げられたからといって素直に喜べたかというとそうではない。

 やはり、年齢が気になるのか。

「グリシーヌどの?」
 振り返ると、豪奢な甲冑姿の騎士が数人の従者を従えて立っていた。日の光に輝く明るい金色の髪と同じように笑顔が眩しい。
「ああ、やはりそうだ」
「ジュストさま……こんなところでお会いするなんて」
 グリシーヌは立ち上がると膝を折って挨拶する。イリスも慌てて立ち上がって会釈をした。
「ウィザードギルドへの遣いで少々……ああ、お初にお目にかかります、レディー。手前はジュスト・ユアン・ブレート。ナクリエマ軍騎兵隊第一小隊にて副隊長を務めております」
「イリス・オディエールです。グリシーヌとは魔法学院で共に魔法科学を専攻していました」
「では貴女もウィザードですか?」
「あ、ええ、『元』ですけど。……失礼ですが、グリシーヌとはどのような」
 ジュストはにこりと実に爽やかに微笑むと、
「婚約者です。とはいっても、まだ公にはしていませんが」
「えっ?」
 グリシーヌは思わずジュストを見た。ジュストはきょとんとする。
「デヴェレイ侯爵からお聞きではありませんでしたか?」
「……たった今、初めて聞きました」
「あ、れ……?」
 何ともいえない空気が流れた。



「んっふふふふふ~☆」
 風散・ティーニカはご機嫌だった。出血が多く深い傷を負った左腕もだいぶ良くなり、明日には無理をしない程度に狩りに出てもいいと許可が下りたのである。
「グリシーヌもレベル上がってきたからなー、次どの辺狩場にしよっかなー。あ、そうだ、もうすぐ百二十レベルのセットアイテム持てるな! 杖と指輪なら使いやすいかな?」
 あの夜以来それらしいことは口にしていないが、それでもグリシーヌは毎日午前中に見舞いに来てくれていた。本来なら気まずくて来難いだろうに、それ以上に心配してくれているというのが風散にとっては嬉しかった。
「後でグリシーヌに耳打ちしとこ。明日のおやつ何がいいかなぁ。あ、久々にチーズパイとか? でもそろそろイチゴがおいしい時期ですねー、イチゴのシフォンケーキも捨て難いですねー。後で梅兄ちゃんに作ってもらおー」

 彼はまだ、グリシーヌの身に何が起きているのか知らない。





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 庶子とはいっても一応それなりの地位のある貴族の娘ですから縁談がきちゃったりするわけで

 それも何だか断りにくいやつだったりするわけで

 それが相手が顔見知りだったり、しかもいい話だったりするわけで

 その上本人の知らないところで進められてたりするわけで

 でも好きな人は他にいる

 でもでもその好きな人はだいぶ年下――

 アララ困りましたね!


 さてどうなりますことやら。





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中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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