the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

風に舞う花/第二十話 Versus




 神聖王国ナクリエマ、ビガプールの城の北東、城下から少しはずれるとのどかな田園が広がっている。
 それを少し北上した山林地帯の小さな湖の畔に、その屋敷があった。爵位のある者が持つにしては規模はやや小さいが、建物は勿論のこと門も外壁も丁寧に作りこまれた風格のある石造りの屋敷だ。
 門前でぼんやりと立つ風散を、千代木が促した。
「ほら、ぼぅっとしてないで入る入る!」
「すげぇ。計算され尽された建て方と配置だ」
「なぁに、今度は建築学? ほんと好奇心旺盛ねぇ、見学なら後でさせてもらいなさい」
「ちよ兄ちゃん。俺まだ教えてもらってないんだけど、ここどこ?」
 先を行く千代木は足を止めると、呆れ返った顔を末弟に向けた。
「あんた、好きな女の実家も知らないの? デヴェレイ侯爵邸よ」



     ‐Versus‐



「ようこそお越し下さいました」
 にこやかに迎え出たグリシーヌは、珍しく髪を結いドレスをまとっている。あらまー、と千代木が歓声を上げた。
「やだーグリちゃんカーワーイーイー! 凛々しいウィザードの格好も捨て難いけどやっぱ女の子はこういう華やかな方がいいわねぇー! ……って、あらちょっとフーちゃん何固まってんのよ」
 兄に背中を強く叩かれ、風散は我に返る。以前もドレス姿のグリシーヌは見ているが、今日の彼女は貴族の令嬢らしい気品ある装いだ。さり気なく光る小粒の宝石の付いたアクセサリーは、派手さはないが質の高いものだと一目でわかる。
「あ……うん、きれい……ですね」
「え、や……あ、ありがとう、ございます」
 言って二人で赤くなる。千代木がにやにや笑った。
「はいはい、ゴチソーサマですねお二人さん。……ロティー、ロテュス! 来たわよー!」
「うるさい、遊びに来た小学生か!」
 奥から顰めっ面の若き侯爵が出てくる。優しくやわらかな雰囲気のグリシーヌとは違い、冷たくはないが引き締まった空気を漂わせるロテュスに風散は僅かに緊張した。
 そんな様子を察してか、ロテュスは風散を凝視した。

 わざと黙って見ている――先手必勝だ、と風散は前へ出た。

「お初にお目にかかります。ティーニカ商会代表取締役・樹が末の孫、風散と申します。妹君のグリシーヌ嬢とはよい友人としてお付き合いさせていただいております」
 と、ロテュスは、
「驚いたな。千代木、きみの弟はひどく出来た子じゃないか」
 千代木に向かって感心した声で言う。千代木はにんまりする。
「でっしょ? まぁうちは婆さんがちょー厳しいからね、一応全員一通りの礼儀作法は叩き込まれてんのよ」
「ふぅん……」
 興味深げに、風散を覗き込む。
「武道……だっけ? ほんとに?」
 ほぼ無理矢理着せられているのは、以前グリシーヌとセブローの店に行ったときよりもフォーマルなロングジャケットに絹地のシャツ、そしてリボンタイ。貴族と面会するには充分な装いだ。元々細身で顔立ちも幼い風散では、とても普段武道家として活動しているとは思えない。
「一応は」
「そう」

 ひゅ、と風を切る音がした。

 かと思うと、風散はロテュスから少し距離を置いたところにとっ、と着地する。グリシーヌは右腕を指先まで真っ直ぐ伸ばし肩の高さで静止させている兄の姿を見て目を見張った。
「お兄さま、何してるんです!」
「見ての通りだ」
 そのままロテュスは表情を変えずに踏み込み、手刀で風散に襲い掛かる。袈裟斬り、突き、十字斬りと息をつく間もない連続攻撃の全てを風散は軽々仰け反ってかわす。グリシーヌははっとした。
「え、お兄さま……まさか」
「あら意外、知らなかったのグリちゃん」
 グリシーヌに並んで弟と友人の攻防を見守る千代木。

 と、ロテュスが分身した。その数八体。

「貴女のお兄さん、剣士よ」

 渾身のパラレルスティングが繰り出された――が、風散は身を屈めて巻き蹴りをする。ロテュスは一瞬ぐらついたが、着いた足でそのまま後ろへ跳んで転倒を免れる。身のこなしが流れるようだ。
「へぇ、全部かわされた」
 満足そうに笑う。その表情は、勇ましくモンスターに挑むときのグリシーヌに少し似ていると風散は気付く。
「……装備が揃っていれば、こちらがやられていました」
「いや、素の状態でこれだ。装備が整っていたとしても、攻撃が当たっていたとは思えない。今も鍛えているきみのお兄さんとは違って、僕はもう何年もレベルが上がっていないしね」
 差し出された手は、よく見るとすらりとした肢体に似合わぬほどに節くれ立っている。細かな傷跡も多い。
「グリシーヌの兄のロテュス・エルマン・デヴェレイです。以後よろしく」



 話を一通り聞いた後、風散は、
「じゃあ何? 俺のこと品定めする為に呼んだの?」
 眉間に皺を寄せた。ロテュスは微苦笑する。
「そんなところだね。まぁ、武道家としての腕も歳の割にはいいようだし、妹からもきみが『藤花』であるということは聞いている。国から研究資金を出資されるほどの学者であるなら、まぁ任せてもよさそうかな――と、言いたいところだけど」

 明るい紫色の目が、鋭く風散を射る。

「如何せんきみは若い」
「……まぁね」
「きみは、グリシーヌのことが好き?」
「うん」
「これから先、グリシーヌの人生を背負っていく覚悟は?」
 風散は、きょとんとした。
「何それ意味わかんない」
「何だって?」
 思わぬ返答にロテュスは困惑した。
「だってさ、グリシーヌの人生はグリシーヌの人生だろ。何で俺が背負うの?」
「グリシーヌはきみと共にあることを望んでいる。一緒になるということは」
「そりゃ、困ってて一人じゃどうしようもないってんなら全力で助けるけど。でもグリシーヌは、ロテュスさんが思ってるほど弱くないよ」
 ね、とグリシーヌを見て笑う。目が合ったグリシーヌは照れて俯いた。
 ロテュスは「解せない」という気持ちを表情全体で示す。
「しかし、その……ふ、夫婦というものは」
「ロテュスさん。俺とグリシーヌはね、武道家とウィザード――『火力』と『支援』なんだよ」
「!」
「俺はグリシーヌが危ない目に遭わないように、外敵を滅してグリシーヌを守る。グリシーヌは俺が倒れないように、補助魔法を使って俺を守る。どっちかが負担しっぱなしだなんて、そんなの関係としておかしくない?」
「それは、冒険家としての話だろう? 僕が言っているのは」
「同じことだよ。夫婦ってさ、何でか昔っから旦那の方が奥さん守るべき、みたいな感じで言われてるけど、実際そうやって力の均整とれてるもんなんだよね。……太極図って知ってる? 太極リングのデザインの元になってるやつ」
 言いながら、風散は紅茶と共に出された砂糖入れを手元に寄せ――カップを退かせたソーサーの上に、砂糖を零した。
 そこにティースプーンの柄をすっと差込み、動かす。
「東洋の思想から生じた図案なんだよね。『陽』と『陰』、相対するものが互いに存在し、ひとつの世界を形成する。どちらかに力が偏ってしまったら、それは壊れてしまう。そしてこの『陽』と『陰』は男と女をそれぞれ象徴し、太極図は男女の和合も表している」

 皿の上に、砂糖の太極図ができあがった。

「確かに、年齢はちょっと離れてるけどね。俺、グリシーヌとだったらこんな形作れるんじゃないかなって思うんだ。安心して背中を任せられて、しかも大好きとか、これって一生一緒にいるしかないんじゃない?」
 妙に説得力がある。ロテュスは何か言い返そうと思うのだが、なかなかいい言葉が浮かばずに黙り込む。
 風散は椅子から立つと、ロテュスの傍まで行き、頭を下げた。
「妹さんを下さい」
「……幸せにできるという保障は?」
「正直わかんない。でも、」
 頭を上げると、にこっと微笑む。
「グリシーヌが望んでくれるんだったら一緒にいたいし、幸せにできるように頑張りたいなって思う」
 ロテュスははっと息を飲み、狼狽した。これが、親友が天使と称するその弟の――妹を悩殺した男の笑顔か。

 何故だか、反論する気になれない。

「…………納得、できない」
 ようやく搾り出した言葉だった。
「けど……」
 妹の方を見る。
「無理に妹になってもらったのは僕の我儘だし、何度も救ってもらっている。彼女の望みを叶えるのは、僕の義務だ」
 ロテュスも立ち上がると、風散に向かって一礼する。
「妹を、頼みます」
「本当に、いいの?」
「何となく、だけど……グリシーヌがきみを選んだ理由がわかる気がする。彼女は守られるだけじゃ納得しない子だからね。それに、」
 顔を上げ、苦笑する。
「僕がきみに嫁ぐわけじゃない」
 その言葉に、風散は思わず吹き出す。
「そりゃそーだ」
 すると、それまでおとなしくしていたグリシーヌが、
「ちょっ……ちょっと、待って下さいお兄さま」
 ようやく声を上げた。
「これは、一体何なんですか……」
 ロテュスは妹の方を再び向く。
「何って。お見合いだよ」
「なっ……だっ、だってお兄さま、ジュストさまの件はっ」
 千代木がにっこりと笑う。
「そのことなんだけど、グリちゃん。お願いがあるのよ」
「え……」
「ジュストどのと、一騎打ちしてきてくれない?」
「……………………はっ!?」



 数日後、グリシーヌはビガプールにある軍の訓練所にいた。
 正面には、甲冑姿のジュスト――剣を抜き、構える。
「よろしいのですか、グリシーヌどの……フル装備で勝負などと」
「私も同じ条件です」
 杖を振り、チャージングする。
「では、先程申し上げた通り、ジュストさまが勝たれたなら縁談をお受け致します。私が勝ったなら――お断りします」
「しかしグリシーヌどの、貴女は」
「問答無用。始めて下さい」
 審判役のジュストの従者が上げていた手を下ろす。と同時に、グリシーヌは自身にヘイストをかけ、テレポーテーションで間合いを取りミスティックフォッグとファイヤーエンチャントをかけた。予想外の素早さにジュストは戸惑う。
「いきますよ」
 再びテレポーテーション。ジュストの背後に回ると、チリングタッチを繰り出す。それを何とか剣で受けると、杖を押し戻して垂直斬り。同じように杖で受け、払ってからそのまま胴を狙って水平に杖を振る。ギリギリのところでジュストは飛び退いた。
 改めて剣を構え直しながら、ジュストは冷や汗が伝うのを感じた――彼女は支援ウィザードではなかったか? どうして杖があんな唸りを上げる? 何故杖を受けた衝撃があんなに重たい?
「どうなさったんですか? ジュストさま」
 グリシーヌは微笑む。
「剣がお留守ですよ?」
 言うと同時にテレポーテーション。杖を薙ぎ払う。また剣で受けると、そこがびしっと硬い音を立てて凍り付く。剣を持つ手に冷気が伝わってきた。
 しかしグリシーヌは攻撃の手を緩めない。ジュストが剣を振るう前に杖を振り、反撃の隙を全く与えない。その素早くも見事な身のこなしに、コートの裾が華麗に舞う。
「踊っているみたいだ」
 二人の戦いを見守る一兵士の呟きに、他のギャラリーが頷いた。
 勝負はとうについているようなものだった。


 試合後、ジュストがグリシーヌに深々と頭を下げた。
「正直なところ、私は貴女を侮っていました。大変失礼なことを……申し訳ない」
「そんな……私の方こそ、生意気なことを申し出てしまいました」
「いえ、貴女らしい。……しかしグリシーヌどの、私は貴女が支援ウィザードだと伺っていましたが、貴女自身も随分と戦闘慣れしているようだ」
「いい師が傍にいますから。とはいっても、ウィザードではなく武道家なんですが」
 その表情を見て察する――恐らく彼女は、その武道家を慕っているのだと。
 ジュストは笑った。
「貴女が必要とするのは私ではない」
「ええ、ジュストさま」
 グリシーヌも笑顔を向ける。
「私、優しいだけの人じゃダメなんです」



 門外へ出ると、ティーニカの長兄と末弟が待っていた。二人共武道家の格好だ。
 兄の方がにや、と笑う。
「あらまぁすっきりした顔しちゃって。その調子だと首尾よく運んだようね」
 グリシーヌは呆れ返った溜め息をつく。
「本当はすっごく怖かったんですよ? ジュストさまはレベル帯が同じくらいの剣士だし、断られたらどうしようかって」
「惚れた女の申し出をそうそう断る野郎はいないわよ。貴族じゃ尚更プライドってものがあるしね」
「それより……将軍の方は……」
「ふふ、ちょろいちょろい。将軍風情、国王陛下を買収しちゃえばこっちのもんよ」
「陛下を買収!?」
 千代木はグリシーヌの口を慌てて塞いだ。
「っと……言い方が悪かったわね。貴女は知らないだろうけど、この国赤字って程でもないけどちょっとお金に困ってんのよ。だから年間百億ゴールドを五年間資金援助する代わりに、グリちゃんが弟のお嫁さんになっても誰にも文句言わせないでねって交渉したの」
「ねっ……年間……ひゃくおく……!?」
 頭がくらりとした。よろけたところを風散が支える。千代木はからから笑った。
「だーいじょーぶよぉ! アタシのポケットマネーで何とかなるから。ちょちょいと狩りすりゃそのぐらいすぐ貯まるわ」
「でっ……でもっ……千代木さんっ……」
 血の気の引いたグリシーヌの頭を、千代木の手ががしがし荒く撫でる。
「いいからいいから。うちの衆はみんな貴女のことが気に入ってんのよ。こんな可愛くて逞しいお嫁さんなら、安心して風散を任せられる。……さぁ、て」
 くるりと踵を返し、移動用飛行絨毯を召喚する。
「そろそろギルド戦の準備があるから行くわね。あとは若いお二人でごゆっくり~☆」
 二人を残して、千代木はビガプール銀行へと向かった。


 銀行に入ると、デヴェレイ侯爵が銀行員と書類のやりとりをしていた。
 その隣の窓口に並び、取引を開始する。
「五百億ゴールドの侯爵令嬢、か」
 笑いを噛み殺しながら呟くと、ロテュスはむっとする。
「それ以上の価値はある」
「わかってる。お買い得すぎる買い物で嬉しくて涙が出るくらいだ。まぁ、年間百億程度で済んで安心した」
「陛下を幾らで買収できるかなんて訊いてきたときは肝を冷やしたぞ。とても一個人の発想とは思えない。まぁ、きみがティーニカの人間で高レベルのシフ武でもあるからそんなことを考え付くんだろうが」
 億単位の金など商人やより強力な装備を揃える冒険家にとっては大したものではないかもしれないが、一国家にしてみれば予算の一部として充分な額だ。
 千代木はさっさと取引を終えると、そのまま友人の姿を上から下まで眺め回した。
「ギルド戦出ない? こないだの動き見た感じじゃ、すぐに復帰できそうなもんだけど。どうせ装備もとっといてあるんでしょ?」
「僕はああいうのは向かない。何より今は仕事が忙しい」
「あっそ。仕事もいいけどいつまでもそんなんじゃ嫁さんこないわよロティ。あんたもう三十過ぎてんだからさっさと跡取り作んないと大変よォ?」
「女の名で呼ぶな!」



 風散とグリシーヌは並んで城下のテレポーターの方へゆっくり歩いていた。
「今日、どうしよっか。こんな早く終わると思ってなかったから何も考えてなかった」
「どうしましょうね……」

 ふと、手と手が触れる。


 そのままそっと握る。


 自然な動きだった。

「そういえば、まだだったわ」
「何が?」
「ちゃんと言ってない」
 立ち止まると、グリシーヌは少し照れ臭そうに笑った。
「私、風散くんのことが好き。大好き」
「知ってるよ」
 握った手をぐい、と引き寄せ、風散は少し背伸びをする。
 グリシーヌの頬に、風散の唇が触れた。
「今はこれで我慢しとく」
「なっ……ななっ、なっ……」
 グリシーヌの顔が、真紅に染まる。風散もにへ、と笑いながら、少しだけ赤くなった。
「決めた。二年以内にグリシーヌの身長追い抜く。っていうか、ちよ兄ちゃん抜く! じゃないとキスするにもカッコつかないもんね」
「な、何を言っているの風散くん!?」
「だからさ」
 両手を取って、真っ直ぐ見つめる。
「そのときになったら、お嫁さんになってくれる?」
「…………はい」


 ふわり、と、風が吹いた。



 春の訪れが近い。





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 とうとうくっついたぞおおォォォーーーーーーー!!!!

 でもまだ終わりじゃないっていう



 本編はあと1話あります

 今年中にいけるかな?





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中の人

HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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