the Drop Down Sirius

日常・一次創作・二次創作ごった煮

天国は月のとなり/第四話 きんいろ満月狂想曲 第一楽章




   第四話 きんいろ満月狂想曲 第一楽章

 


 ぶぉ~、と部屋中に大きな音が響いた。その音に驚いて、居間のソファーにて就寝中だった太洋はがばっと起き上がる。
「殿の出陣っ?」
「あ、ごめんたーちん起こしちゃった?」
 南波に髪をいじらせている赫夜が振り向いた。その手には、くすんだ金色のトランペット。
 太洋は目をこすった。
「赫夜ちゃん。一体何をどうすれば、それからホラ貝のような音が出るんだろう?」
「変な音しか出ない……吹き方忘れちゃったのかな……」
 憮然と赫夜が言うと、赫夜の髪を編みながらななみが笑う。
「三年も吹かなきゃ忘れるよ。姫、おバカだもの」
「何をぅ! これでも松谷三中吹奏楽部のナンバーワンペッター」
「だった、でしょ。過去形よ」
「くっ!」
 太洋は身を起こしてテレビのリモコンを弄ぶ。
「赫夜ちゃん、何だかむちゃくちゃ上手かったよね、トランペット」
「過去形で言うな! 今でもわたしは上手い! って、寝なくていいの、たーちん」
「うん、もう起きなきゃ。今日は出勤前に大川さんの奥さんとデートだし」
 よいしょ、と立ち上がると、伸びをする。着用しているのは高校時代のジャージと体操服。顔立ちがやや幼いせいか、平日にそのまま外に出たら補導されてしまいそうだ。
「なな。根元黒くなってきたから今度頭染めて。今度は赤っぽい色がいい」
「太兄赤は似合わないよ」
「そぉ? じゃあ何でもいいや、似合うのにして、かっこいいやつ。あれ、やんは?」
「弥潮は塾。夏期講習あるって言ってたじゃん」
「あ、そうか。大変だねぇ受験生は」
 言ってから、のんきにトランペットを吹き髪の毛をいじっている少女たちを見て、苦笑いする。
「大変じゃないねぇ、非進学組」
「ぜんぜーん」
「シャーペンよりハサミとコーム持ってる方が楽しいもん」
 気楽なものだ。益々太洋は苦笑する。思ってみれば、今の彼女らと同じ年齢の頃、自分はとりあえず大学に入ろうとこつこつ努力していた。
「そういえば赫夜ちゃん、何でそれ吹いてるの?」
「ピンチヒッター」
「え、吹奏楽部?」
「違う。はやみんとこのバンド」
「はやみん……あー、早見陽一くんね。すごいねあの子たち、どっかのレコード会社から声かかったらしいじゃん。こないだ新聞載ってたよ、ちっちゃい記事だけど」
「あさって商店街のお祭りでステージあるのに、中山くんがじいちゃんだかばあちゃんだかの葬式で九州まで旅立っちゃったんだって。でも中止できないから代打頼むって」
「へーっ、すごいねーっ。って、あと三日だよ赫夜ちゃん大丈夫?」
「音が出れば平気。楽譜は二時間もあれば覚えられるし、三回やれば音合わせられる」
 そう言って、トランペットを吹く。ぷひゅー、と今度は調子の外れた音が出た。
「何この音。おかしいなぁ」
 首を傾げながら赫夜は練習を続ける。笑いながら太洋は風呂へ向かった。


「ああ。あれ、古いからね」
 クラブDの常連客・鷹里秋枝はくすくす笑いながらタバコを取り出した。太洋はすかさずライターを差し出す。
「アキエさん、赫夜ちゃんのトランペット知ってるんだ?」
「わたしがあげたのよ。母方の祖父の形見なの」
「おじいさん」
「うん、ノリオじゃない方。吹いてるの聴いたことあるけどへったくそだったわ、せっかくいい音出る楽器持ってたくせにさ。あ、リュウくん焼酎お湯割りもう一杯ちょうだい。梅入りね」
「アキエさんは、吹いたの?」
 太洋が問うと、その横にどすん、と重量感ある何かが座った。
「アキエはかぐちゃんとおんなじよ。元・松谷三中吹奏楽部の名トランペッター。ソロパートはいつもこの子」
 大きくたくましい体躯を持つオーナー・黒川大介がワインをボトルのままあおった。むわっ、とワインの匂いが一気に充満する。
「うぇっ、ワインくさっ……大ちゃんちょっと飲み過ぎだよ、そんなにポリフェノール摂取してどうすんのさ」
 太洋が顔を背けると、黒川は太洋の肩を抱き寄せて息を吹きかける。
「何よ。ここはアタシの店よ。ゆえにここの酒はアタシの酒よ。アタシがアタシの酒を飲んで何が悪いのよっ」
「ここ客商売の店だよ。お酒だって商品じゃんか」
「アタシだって商品よぉー!」
 だばだばとワインを流し込む黒川に、秋枝はおしぼりを差し出した。
「大ちゃん、もうやめときなって。三本は開けたでしょ」
「五本よぉ。だってぇー、璃々ちゃんが飲んでいいって言うんだものぉー」
 自慢げに言いながら、黒川は六本目のワインを一気に飲み干した。
「アキエ、あんた、あのトランペットあげちゃったの? 貸したんじゃなくて?」
「どうせわたしが持ってても吹かないし、赫夜ちゃんの方が大事にしてくれるもの」
「だって、何とかっていうすっごい高いやつなんでしょ?」
「ああ、パチモンパチモン。確かおじいちゃんがおじいちゃんの伯父さんの奥さん? ……の、お兄さんの友だち? から格安で売ってもらったもの……だったかな? そんなのが高いわけないでしょ」
「何それマジうける関係遠すぎじゃーん!」
 けらけら笑う黒川に、秋枝もそうよね、と苦笑する。
「でも、とてもいい音だった。だからわたし、赫夜ちゃんにあげたかったのね。あの子の出す音、勢いよくて、でもきれいなの。そうね、ちょうどこんな色かな」
 秋枝は水の入ったグラスをかざした。薄水色の透明なグラスを少し揺らすと、からら、と氷が鳴った。


 どうしようかな、と赫夜は窓ガラスにフィルムが貼られた後部座席で困り、ほんの少しだけ焦っていた。
 手足は縛られてはいない。が、左右は見知らぬ男に固められ、右側の男の手にはちゃんと鞘に収められた上に簡単には抜けないようにきっちり押さえられてはいるもののナイフが握られている。猿ぐつわもされていないが、騒がない方が身のためだろう。
「あのさ」
 思い切って口を開く。運転している女がややヒステリックな声を出した。
「何よっ」
「単刀直入に訊くけど、わたしをさらった目的は何?」
「あんたが抵抗するからでしょっ!? わたしたちはその箱のものだけいただければそれでよかったのよ!」
「でも、わたし、これなかったらとても困るし……中山くんの代理が務まらない……」
「どうせ代理なんでしょ。あんたがいなくてもいいってことじゃない」
「いや、西園寺と中山くんとはやみんと三間坂兄弟と湯原っちの将来がかかっているのでそうでもないわけで……」
「何きっちりあいうえお順にしてんのよっ!」
 赫夜は囚われの身でありながら、落ち着いていた。それが彼女には気に入らないらしい。
「とりあえず連絡させてよ、おねーさん。練習始めてていいよって言わないと、やつら組んでるくせにまとまりないから」
「ダメよ。こうなったらきっちり身代金を請求させていただくんだから。下手に騒ぎを大きくされたら困るわ」
 だったら今すぐわたしを下ろしてくれればいいんだけどなぁ――と赫夜は思ったが、言わない方がいい気がした。口答えをすれば十中八九また文句を言われるだろう。
 仕方がないので、
「身代金は、無理だと思うよ」
 別のコメントをしてみると、
「何でよ、そんなもん持ってるんだからあんたいいとこのお嬢さんでしょ!?」
 やっぱり怒られた。何を言っても怒られる。赫夜は困った。
「お嬢さん、て……」
 実父は社長、実母は女優。いいとこのお嬢さんというのはあながち間違いではないのだが、如何せん今はいとこで養父の東条壬廉とさしたる贅沢もせずにてれてれ日々を送る身である。
「このペットはもらいものだよ。しかもうち、狭いアパート住まいの父子家庭だし」
 嘘ではない。嘘では。
 左側の男がうろたえた。
「姉ちゃん……やっぱこの子、返そうぜ。絶対身代金なんて期待できねぇよ」
 赫夜は頷く。
「うん、期待しない方がいいよ。わたしパパと実の親子じゃないもん。よくて三万円くらいしか払ってくれないよ」
 身代金を請求したところで、彼ならこう言うだろう。いいよ、そんなろくでもねぇ娘くれてやる。だから金は払わねぇ――そう吐き捨てるようにそう言って、きっと電話を切ってしまうのだ。
 あの心配性が本気でそんなふうに思うとは思わないが、壬廉めいい薄情ぶりだわと赫夜は想像してにやりとする。
「何笑ってんのよっ」
 女が憤慨した。暑苦しいおねーさんだ、と思いながら、赫夜はこの矛先をどうにかしようと努めた。
「おねーさん。お腹空かない? ちょうどこの先にね、おいしい定食屋があるの。よければおごってあげるけど」
「うるさいっ、あんたなんかコンビニおにぎりで充分よっ!」
 とりつく島もないというのはまさにこのこと。赫夜は肩をすくめると、おとなしくすることにした。


 一方、練習場所である西園寺隆史の祖父宅にある完全防音離れでは、バンドのメンバーが赫夜以上に困っていた。
「姫が来ない……どうしよう練習始まんねーよ……」
 早見陽一の顔から血の気が引いている。三間坂博人が携帯電話の終話ボタンを押して溜め息をつく。
「だめだ。家にもいないみたい。そっちは?」
 博人の弟・正人も電話を切る。
「四時にはななみさんち出たって。だったら四十分くらい前にはここにいてもいいはずなのに」
 西園寺がそれまで指を慣らしていたピアノのフタを閉める。
「東条さんに訊いてみる? おれケータイの番号知ってるけど」
「バカ。仕事中だろ東条さん。姫がどうしてるなんか知るわけねーじゃん」
 てんとんてんとんてんとん、とリズミカルにドラムを叩いていた湯原が、スティックを止めてぼそっと呟いた。
「誘拐されてたりして。かぐさま可愛いし」

 ――しばし、沈黙。

 湯原以外の全員は思った。それはありえない。上島赫夜は可愛い顔をしていながら、中学、高校在学中の約六年間に十人近くの痴漢を撃沈させた女である。決して鍛えられているわけではないのだが、曰く、

「ミカとゴシーが力使わないで相手をひねり上げるやり方教えてくれた」

 とのことである。
「ありえない?」
 湯原はメンバーの心境を悟ったように、静かに言う。
「でも、かぐさま、女の子だし」

 そうだ。腐っても、いや曲がりなりにも上島赫夜は十八歳の女の子なのだ。
 それにようやく気付いた五人は、揃って離れを飛び出した。


 クラブDに五人の少年たちが飛び込んできたのは、ちょうど東条壬廉が席を立ち上がった時だった。後から一人が落ち着いた様子で入店してきたが、真っ先に入ってきた五人は一斉に寄ってたかって、争うように赫夜が来ないことを訴える。
「何なんだよ順番に言えよいっぺんに言われてもわかんねぇよ」
 困り果てた壬廉を見かねて、太洋が間に割って入った。
「はいはいみんな、落ち着いてね。大ちゃーん、奥借りるよー」
 そう言ってどやどやと奥になだれ込む青少年たちを見て、秋枝が苦笑した。
「大変ねぇ、壬廉くんと太洋ちゃん。すっかり頼られちゃって」
 ちらりと隣に座る黒川を見る。
「昔の大ちゃんと八槙くんみたいね」
「やめてよあいつの話なんかしないでよ」
 黒川は烏龍茶をあおった。


「隆史。あいつ、お前のじいちゃんち知ってた?」
 パイプ椅子に座った壬廉は西園寺に質問した。親同士が友人でしかも西園寺の姉が壬廉にとって中学・高校での部活動の後輩であるので、付き合いは長い。西園寺は小さくなった。
「前に何度か来たから道は知ってると思うけど……」
「なるほど。じゃあ迷子にはならんわな。活用しないだけで元々頭は悪かねぇし」
 呆れた顔でタバコに火を付ける。太洋が麦茶を注いできたグラスを少年たちに配った。
「心当たりは探したの?」
「ななみさんの修業先にも電話しました」
「弥潮には連絡してないよね」
 五人が頷くのを確認して、太洋は安堵した。愛する赫夜が行方不明だなどと身も心も弱い弥潮に知れたら、卒倒してしまうに違いない。
「やっぱりケータイ持たせるんだったな」
 壬廉は深々と嘆息した。どうせ赫夜の出歩く先は決まっているし、持っていたら使いすぎるに違いないと持たせずにいたのだ。
「平気で約束を破るほどバカでもねぇと思うけど……一応愉羽にも訊いてみるか」
 携帯電話を取り出してかけようとしたその時、着信音が鳴った。「公衆電話」と表示されている。それを見た全員は胸をなで下ろした。自分たちが知っている中で公衆電話からかけてくるのは大抵が赫夜だ。
 壬廉は通話ボタンを力強く押し――
「赫夜てめェどこにいるんだこのバカっ」
 まず怒鳴りつけた。

 が、

「…………あ? はい、そうですけど?」

 赫夜だと思ったら違ったらしい。
 話している壬廉がだんだん冷静に、深刻な顔になってくるのを見て、太洋と少年たちは緊張した。固唾を呑みながら見守る。
「……残念ながらお断りだ、そういうのは他当たってくれや。いくら一身上の都合で養ってるっつっても、血の繋がってないそいつにそこまでしてやる義理はねぇ。わかったらさっさと解放してやんな。そいつなんかと一緒にいるとえらい食費かかるぜ。じゃ、そういうことで」
 一方的に喋り続けると、壬廉は電話を切った。太洋が覗き込む。
「ミカ。何かあった?」
「他言無用。そう誓えるか。そこの小僧どももだぞ」
「誓う」
「騒ぐなよ」
「わかった」
 壬廉は、立ち上がった。
「太洋。おれ早退するわ」
「ちゃんと中身を言いなよ壬廉。何があったって?」
「午前〇時までに三千万持ってこい、ってさ」
「まさか」
 壬廉は、にやっと笑った。
「察しの通りだ咲草太洋。うちのバカぐや姫が誘拐された」


 秋枝はふーっ、と細く煙を吐き出した。
「わかった。じゃあ、おじいさまに頼んでみるわ。壬廉くん、この貸しは高くつくわよ」
「ありがとアキエさん。愛してるよ」
 黒川がメモと名刺を取り出す。
「一応これ持ってきなさい、こっちからも話通しとくから。鷹里の旦那頼るんなら必要ないと思うけど、万が一必要になったら鷹里の旦那のところにない道具も揃うはずよ。タイムカードはかぐちゃんのためにサービスしといてあげる」
「鷹里さんとこにない道具って……顔広すぎだよオーナー、あんたコワイよ」
「うふふふ。さっ、行ってらっしゃい若い衆! 助けが必要だったらすぐ呼ぶのよ、スタッフ全員総力上げて協力するからねっ!」
「いや、うん、巻き込まない方がいいと思うよ……じゃ、お疲れさまです」
 壬廉は太洋と秋枝と共に、少年たちの待つ外へ出た。時計を見ると、午後八時を回っている。あと四時間しかない。
「少年たち、お前ら帰れ」
「えっ」
「でもっ」
「いいから帰れ。首突っ込むな」
 五人は顔を見合わせた。本当は自分たちも全く関係がないわけではないので何とか助力したいのだが、恐らく関わらない方がいいのだろう。
「東条さん」
 早見が心配そうな顔を向けると、太洋がその肩を叩いた。
「大丈夫だよ。ミカもおれも、こーゆーの結構慣れてるからサ。ちゃんと赫夜ちゃん取り返してくるよ。ねっ」
「……はい」
「重ね重ね言うけど、警察には知らせないでね。詳しくは言えないけど赫夜ちゃんの生まれにちょっといろいろあるからさ、騒ぎになったらすっっごく困るんだ。特に、赫夜ちゃんと弥潮がね」
 少年たちは、頷いた。普段陽気な太洋の真剣な顔を見て、赫夜と弟のことを本気で案じているのだと悟った。
「じゃあ、気を付けて帰んなさい。無事に姫を取り戻したらすぐ連絡するから」
 壬廉と太洋と秋枝は、少年たちと別れると、駐車場に向かって歩き始めた。
「さて。どうするよ壬廉」
「ああ、バッグに漬け物石でも詰めとかなきゃな」
「うわぁ。金払う気ないし!」
「当たり前だ。何であの小娘ごときに三千万も払わなあかんのだ。三万円で充分だ」
「うわぁ。やっすー。永森化学の社長と女優の娘だよ?」
「どうだかな。ほんとに竹から生まれたんじゃねえのかあれ」
 軽口を叩く時ほど壬廉は赫夜を心配している。それが太洋と秋枝にはよくわかっていた。


 人質がお腹空いたとひどく駄々をこねるので、女と男二人は仕方なくファミリーレストランに入った。人質は全く騒ぐ様子もなくおとなしく付き従っているので安心しているのだ。
 明るい所に出ると、人質の際立った容貌が明らかになった。男二人ははっと息を呑む。人質はきょとんと見返す。
「何?」
「あ、いや……」
「マサフミっ、何見とれてんだよっ」
「お前こそっ」
 そんな男たちの様子を、人質は全く気にせずにメニューを見る。
「んー、何かグラタンな気分だなぁ。あ、自分の食事代くらいはちゃんと出すから気にしないでね」
「あんた、何落ち着いてんのよ」
 隣に座った女が呆れている。人質はメニューのページをめくる。
「騒がれたいの?」
「そうじゃないけど。助かるって信じてるの?」
「別に。わたしが殺されたって、おろおろするのミカとやっちんとユウくらいだもん」
「誰それ」
「ミカは、さっき電話で話したでしょ。わたしのパパ。やっちんはカレシ。ユウは弟。すっごく可愛いの」
 にこにこと笑う。さっきから妙に淡白な口調だったので可愛げがないように思えたが、元がいいだけあって笑うと可愛らしい。
「パパって……同棲じゃないの? 声すごく若かったけど?」
「違うよ。ミカはわたしを拾った張本人で、わたしの戸籍上のお母さんの甥っ子、つまり戸籍上のいとこ。じいちゃんの遺言でわたしが高校卒業するまで面倒見てくれてるのね。だから実質上はわたしのお父さん。父子家庭って言ったでしょ?」
「弟がいるって言ったじゃないの」
「それは実の弟。でも離れて暮らしてるの。最近教えてもらったんだけど、結婚を反対してた母方のおじいちゃんがわたしを勝手に捨てちゃったんだって。しかも竹やぶなんかに捨ててくれたもんだから変な名前付けられちゃってさ」
「変な名前?」
「かぐや。赤を二つ並べたやつに夜って書いて、赫夜。夜も明るく輝き照らすくらいにきれいな子になるようにってさ。ちなみにお母さんの名前はヒカリでそのお姉さんのミカママはアカリっていうの。眩しい姉妹でしょ? もう二人とも死んじゃったけど。……よし、シーフードグラタンのライスセットとドリンクバーとブルーベリーヨーグルトパフェっ!」
 人質・赫夜は決して明るくない身の上話をしつつ、人質らしからぬうきうきとした表情で、店員を呼んで注文をしている。三人の誘拐犯人衆は半ば呆れ半ば困惑した。この小娘、読めない。
「何で、そんな話してるのにそんなに楽しそうなのかな?」
 マサフミと呼ばれていた男が問うた。壬廉や太洋と同じくらいの年頃だろうか。
 赫夜は水を一気に半分まで飲むと、にこりと笑った。
「おにーさん。いいヒゲだね」
 返答になっていない。
「あ、ありがとう」
 気のいい美少女にほめられてマサフミは照れた。横の男が脇腹に肘鉄を入れるのを見て、赫夜は益々笑う。
「仲、いいんだね。友だち?」
「うん、まぁ、腐れ縁ってやつかな」
「そっちのおにーさん、おねーさんのこと『姉ちゃん』って言ってたね。姉弟?」
 友好的な男マサフミと違ってやや愛想に欠ける男が、ふいっとそっぽを向いた。
「一緒に住んでるけど血の繋がりはない」
「へぇ。そうなんだ。うちと逆なんだね。いいなぁ、わたしもユウと暮らしたーい」
「呼んだ?」
 赫夜は聞き慣れた声に時を止めた。今確かに実弟の声が聞こえたはずなのだが、辺りを見回してもそれっぽい姿は見えない。
「こっちこっち」
 肩を叩かれる。振り向くと、永森愉羽が手を振っていた。
「やぁ、ねーちゃん」
「ユウ。あんた何してんの、中坊がこんな時間にこんなとこで」
「母上と待ち合わせ。ねーちゃんこそ、早く帰んないとあのパパに怒られるよ?」
「うん、ちょっと誘拐されてるの」
 至極ナチュラルに言う赫夜。愉羽はその言葉に多少の疑問は感じたようだが、姉が冷静なので騒がない方向で受け応える。
「あーあ。何やってんのさ、ねーちゃんらしくもない。いつも痴漢倒すみたいにすりゃあいいのに」
「刃物出されちゃ、ちょっと抵抗しにくいっしょ」
「なるほど、そりゃそうだ。それで、パパにいくら請求したの?」
「三千万くらいだっけ?」
「三千万? うわーっ、やっすー。ねーちゃんの命ってそんなもん? もっと高いだろー、億だよ億! こんないい女が万単位なわけないじゃん!」
「でもあんまり高いとミカが払えないからねぇ。まだお墓のローンちょっと残ってるし、多分わたしの後期分の学費もまだ払ってないだろうし」
「そんなのおれが払ってやるよ。……で、」
 愉羽は姉と共にいる三人の男女に目をやった。
「あんたたちが、いわゆる誘拐犯ってやつ?」
「……まぁ、そうなりますかね」
 マサフミが決まり悪そうに返答した。愉羽は、ふぅん、と唸る。
「まず断言するけどさ、ねーちゃんを選んだあたりが間違ってるよ? 確かにあの人若い割に稼いでるけど、暮らしは裕福ってほどでもないし。何しろ家宝がプレステ2だもんね。ところであんたたち、何でねーちゃんを誘拐しようなんて思ったわけ?」
「……狙ってたのは、この子の持ってたトランペットだけだったのよ。手放さないんだもの」
 女が苦々しい顔で言う。
「ああ、あれ。何とかっていう高いやつのパチモンだって聞いたけど? ねーちゃん、あれ変な音出てなかったっけ」
「うん。何か、うまく音が出ない」
「壊れてんだよ。親父に買わせようか、新しいやつ」
「新しいのは音に慣れるまでがなぁ」
「ああいうのってものによるんでしょ? 今度選びに行こうよ。同じクラスに楽器屋の息子がいるんだ。品揃えも悪くない」
 愉羽は笑うと、再び三人の方を向いた。
「そういうことだから、あれを奪って売り払っても精々二束三文だよ。やっぱり選択ミスだ」
 三人は押し黙った。
 それを数秒見つめていた愉羽は、
「ねぇ」
 またまた呼び掛ける。
「おれも一緒にいてもいい? ねーちゃんが誘拐されてるなんて聞いて黙っちゃらんないよ。襲われたらムカつくし」
「でも、ユウ、くれ……お母さまは」
「ああ、いい、いい。たいした用事じゃないし」
 あっさり言うと、手早く携帯電話でメールを送る。
「よしっ。おれも誘拐されてみよっと」


 各々のその姿を、満ちる一歩手前の月が見守っている。



          <つづく>





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 片田舎で起こった素人による誘拐です

 誘拐初めてのど素人な上、衝動的にやっちまったやつので詰めが甘いんです





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HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉でホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:伊賀国

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