the Drop Down Sirius

日常・一次創作・その他ごった煮

天国は月のとなり/第三話 菴羅色の上の弓張


   第三話 菴羅色の上の弓張


 


 改札前まで迎えに来ていたとの姿を見つけて、永森愉羽は駆け出した。
「ねーちゃん、ヤシオ!」
 改札を一気に抜けて、姉に飛び付く。月に二度三度と会ってはいるが、愉羽は一緒に暮らしていながらあまり顔を合わせない両親よりも離れて暮らす姉の方を慕っている。
 赫夜は愉羽のやわらかな髪をがっしがっしと荒くかき回した。
「また背ぇ伸びたねユウ。もうすぐ追いつかれちゃうね」
「成長期だもん。あれ、ナナミは?」
「今日はハサミ修行だって。明日会えるよ」
「よかった。お中元にいい肉いっぱいもらったから持ってきたんだ。多分三人じゃ食いきれないからさ、明日すき焼きか冷しゃぶにしようよ」
「わーい、肉ー!」
 愉羽は、賢い子である。そして、姉の赫夜が好きだ。ここ何ヶ月かで姉の嗜好を把握し、姉が喜ぶコツを掴んだ。大抵はおいしい食べ物で喜んでくれる。
 とてもとても簡単なこと。しかし、そんな些細なことで簡単に笑ってくれるのが、愉羽には嬉しかった。
「今日はね、ユウが来るからね、紅茶のババロア作ったんだよ」
「東条さんと一緒に?」
「ううん。一人で。ミカは同伴あるからって帰ってすぐ爆睡しちゃった。くそーいいなー、今頃ちょっといいレストランとかでさぁ、生ハムとかつっついてんだろなぁ」
「生ハム? 言ってくれりゃあ持ってきたのに。何か高級なソーメンとかヨーカンとかメロンとかいろいろあるしさ」
「でも、そんなに持ってきたら重たいでしょ」
 笑いながら、赫夜は愉羽の手を取った。
「わたしは、ユウが来てくれるだけで充分嬉しいんだから、あんまり気を使わなくてもいいよ」
「ねーちゃん。おれ、ねーちゃんがねーちゃんじゃなかったら、ねーちゃんのことめちゃめちゃ好きだったと思うよ」
「あらやだこの子は! お世辞なんか言ってもババロアがサービスされる程度よ!」
「あはは」
 弥潮が愉羽の荷物を持った。二泊三日分の着替えなどと一緒に三人分以上の肉が入っているだけあって、ずっしりと重い。
「ユウくん、よくこんな重いの持ってこれたね?」
「ヤシオは筋肉ないよね。ほっそい腕だなぁ、こんなんでねーちゃんをお姫さま抱っこできんの?」
「えっ、お姫さま抱っこするようなシチュエーションなんかあるの?」
「ほら、よくあるじゃん、結婚式でさ、お姫さま抱っこで写真撮ったりするやつ」
「えっ」
 結婚式と言われて、弥潮は戸惑った。
 と、赫夜がけらけら笑う。
「それは無理だよ。ウエディングドレス着たわたしなんて、やっちんが担げると思う?」
「ああ、無理だね。っていうか、ねーちゃん、ヤシオと結婚すんの?」
「ん? そうなんでしょ、やっちん」
「え、あの、えぇと、」
 かーっ、と顔が赤くなる。何ともわかりやすい。そして愉羽はちょっとふくれる。
「そうかぁ。ヤシオの嫁さんになっちゃうのかぁ。ま、東条さんよりはマシだけどさ」
「ユウは壬廉が嫌いだねぇ」
「うん。嫌い」
 愉羽は、東条壬廉が嫌いだ。大好きな姉と当たり前のように一緒に暮らしてきたのが気にくわないのだ。要はヤキモチである。本来なら一緒に暮らしていたのは自分だったはずなのに、三ヶ月ほど前に一緒に暮らそうと言っても姉は自分の面倒をかいがいしく見てくれている東条壬廉と生活する方を選んでしまった。産みの親より育ての親というのは嘘ではないらしい。しかし、悔しい。
 そんな愉羽は、弥潮と仲がいい。実は弥潮も、顔には出さないが、赫夜にべたべたされている壬廉に妬いている。本人たちは父と娘の関係だと言い張っているが、何しろ若い男女が一つ屋根の下で暮らしているのだ。赫夜の「彼氏」たる弥潮がやきもきしないわけがない。
 それそのようにして、こんなところでちっちゃく「反東条壬廉派」が成立していることは、嫌われている本人は勿論、赫夜ですらも知らない。それが二人には面白かったりする。共通の秘密とは、とかく親密度を上げるものだ。
「あ、そうだ。ヤシオ、こないだ言ってたアルバム、持ってきたよ」
「あ、ほんと? よかった、この辺売ってないんだよね。田舎だから」
 仲よしこよしな愉羽と弥潮を見て、赫夜は少し、むっとした。
「何かユウとやっちん、いちゃいちゃだなぁ! やっちん実はユウ狙い?」
「違うよ! 確かにユウくんと赫夜ちゃんは似てるけどさ!」
 愉羽は笑いながら空いている方の手を弥潮の腕に絡めた。
 この二人は好きだ。見ていて面白い。


 午前三時頃になると、東条壬廉が帰宅する。
「こらガキどもCD音量下げろ。ご近所さんに迷惑だぞ」
「あっ、ミカお帰りー。おみやげはー?」
「ほれ、アキエさんからの慈悲だ」
「わーい生シュー!」
 はしゃぐ姉の姿を見て、愉羽はそちらに聞こえないように弥潮に問いかける。
「ねーちゃん、もしかして餌付けされてる?」
「うん、まぁ、そう見えるね」
 そう思いたい。餌付けだったらただなついているよりまだマシだ。
 壬廉は上着を脱いでベッドに放り投げると、やかんをコンロにかけてタバコをくわえた。
「コーヒー希望いるか? いなきゃ全員強制的に紅茶だぞ」
「あっ、ミカっ、牛乳沸かして! バニラの香りのやつ買ってきたの、ロイヤルミルクティーがいい!」
「また紅茶増やしたのかお前……」
「レディーにティータイムは欠かせなくてよ」
「そんな優雅なタマか」
 言いながら、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出す。
「……あれ。おい、牛乳ないぞ。買い出し班、コンビニ行ってこい」
「はぁい」
 赫夜が立ち上がる。愉羽も腰を上げた。
「おれも行くよ。女の子一人じゃ物騒だしさ」
 姉弟が部屋を出ていくと、壬廉はベッドに座って読みかけの本を手元に寄せた。弥潮が覗き込んだ。
「壬廉さん、本読むのすっごく遅いですよね……その本、貸したの去年の今頃なのにやっと半分って。読む時間ないのはわかるけど、それでも遅いと思うんですよ」
「弥潮た~ん……まだ借りてていいですか~……」
「じゃあ、人質を借りてきますね」
「ああっ、おれの本がさらわれてゆく」


 愉羽はごきげんだった。弥潮は好きだが、やっぱり姉を独占できるのが一番嬉しい。
「そういえば、ねーちゃんもう誕生日過ぎたんだよね。何かほしいもの、ある?」
「え、いいよ別に。わたしがほしいのって高いものばっかだもん」
「遠慮しなくていいよ。おれ、金はあるからさ。こないだも親父に馬券買ってもらったらたまたま当てたんだ」
「へーっ、すげーっ」
「だから二、三万ぐらいなら出してもいいよ」
「ん、じゃあね、写真集がいいな。動物のやつ」
「もっといいものにすればいいのに」
「弟にバッグやら靴やら買ってなんて言えないよ。そういうのはミカに買わせときゃいいの」
 愉羽は、赫夜は自分を相手にしている時だけやさしいことを、つい最近発見した。壬廉や弥潮と喋っている時は、こんなふうにやわらかく笑わない。それがまた嬉しくて、繋ぐ手にきゅっと力が入る。
「ねーちゃん」
「なぁに」
「おれ、ねーちゃん大好きだよ」
「うん。わたしも、ユウ大好き」
 本気で思う。姉弟じゃなかったらよかったのに。
 母に似ているけれど、全然違う。姉の方がずっと生き生きしていて、きらきら光っているように見える。

 こういうのが初恋というのかもしれない。
 でも、このひとは実の姉――

「ユウは、乳脂肪高いのと低いのどっちが好み?」
 赫夜は並んでいる牛乳を見比べた。はっとして、愉羽は笑う。
「どっちも好きだよ」
「低脂肪乳ってさ、たまに飲みたくなるよね。機械的な味」
「機械的な味って何……?」
 愉羽は姉が好きだ。好きなのだが、たまにわけがわからないなぁと思う。
「でもさ、ミルクティーでしょ? だったらそこそこ乳脂肪あった方がうまくないかな」
「うん、そうだよね。あっ、マンゴープリンだ! 買ってっちゃお。ユウも食べる?」
「いいの? それ東条さんの財布でしょ」
「ミカの金はわたしの金! ユウはわたしの弟なのでちょっとくらいミカの金を使ってもいいのでぇす」
「おいおい」
「大丈夫だよ、ミカ口では何だかんだ言うけど本気で怒んないから」
 赫夜は牛乳のパックとマンゴープリンを二つ手にとって、レジに向かった。支払いを終えると、また手を繋いで外に出る。
「ねーちゃんは、東条さんに怒られたことってないの?」
「あるよ。いっぱいある。でもね、結局すぐ冷めるんだよミカって。あいつね、自分じゃ厳しくしてるつもりなんだろうけど、わたしに甘いのね。出生が出生だしさ。最近お父さんとお母さんがわかったけど、だからってすぐに態度を変えられるわけでもないでしょ。多分一生あんな感じだと思うな」
「一生」
「うん、一生」
「やだな」
「どうして?」
「やだよ」
 愉羽は赫夜に抱き付いた。
 赫夜はというと、立ち止まってきょとんとしていたが、袋を持たない方の手で愉羽の頭を撫でる。
「これ、甘えんぼさん。早く帰んないとおにいちゃんたちが心配するぞっ」
「やだ。帰りたくない」
「ユウ?」
「帰りたくないよぉ」
 何だか様子が変だと気付いた赫夜は、
「ブランコ乗ってこっか」
 愉羽の手を、引いた。


 真夜中の公園は、静かで暗い。
「いちゃついてるカップルとか、いないよね?」
 二人はブランコに腰を下ろした。そっと揺らしただけで鎖が軋む音がうるさいくらいに響く。
「うわ、うるさっ。あんまり強くこげないね」
 黙って、俯いたままの愉羽に、赫夜はどうしてよいものかと思案した。
「ねぇ、ユウ。どうしたの」
「ねーちゃん」
「なぁに」
「ヤシオとおれと、どっちが好き?」
「は?」
「東条さんとおれ、どっち好き?」
「どっちも」
「それじゃやだよ」
 愉羽は激しく首を横に振った。泣きそうな顔をしている。赫夜は困り果てて頬を掻く。
「…………天秤にかけろ、と。そう申されるか愉羽どの?」
「かけてよ」
「ユウ」
「天秤かけて、量って」
 ぽろぽろ、と涙が落ちた。雫が街灯の光を受けて輝く。
 まだ細さの残る肩をそっと寄せて、赫夜は小さく小さく言った。
「困ったねぇ。わたしはね、ユウもやっちんも壬廉も好きなんだなぁ。誰にもすぐ近くにいてほしいんだなぁ。欲張りだねぇ」
 愉羽の顔を覗き込んで、涙の跡をごしごし擦る。
「ユウ。お父さんとお母さん、好き?」
「嫌い」
「そっか。わたしもあんまり好きじゃないよあの人たち。可哀相にねぇ、子どもたちに嫌われちゃって!」
「ねーちゃん。おれ、ねーちゃんが好きだ」
「わたしも、ユウは好きだよ」
「そういうんじゃなくて、上島赫夜が好きなんだ。likeじゃなくてlove。できることなら嫁さんにしたい、そういう好きなんだ」
「あら、困ったねぇ。そりゃあ禁断の恋だよ?」
「知ってるよ」
 だから涙が出たのだ。
 どう頑張ったって、いい結果にはならない。
 哀しいのもあるけれども、それ異常に悔しかった。
 下を向くと、じんわりと視界が滲んでくる。
 滴り落ちた雫が地面を叩いて、たたっ、と微かな音を立てると、同時に、赫夜は愉羽の肩を解放した。がさがさと袋を探っている。
「はい」
 声に顔を上げると、突然山吹色が目に入ってきた。
「食いなされっ」
 困惑しながらも、マンゴープリンとスプーンを受け取る。赫夜も自分の分を取り出して、フタを開けた。
 沈黙したまま、ゆっくり、一口二口と食べる。
「うまい?」
 赫夜が問いかけると、愉羽は黙ったまま頷いた。赫夜はにっこり、笑う。
「よかった」
「……ねーちゃん、あの、」
「わたしはユウが弟じゃなかったらやっちんよりずっとずっと好きだったと思うよ」
「え」
「やっちんは、こうやって一緒にマンゴープリン食べらんないもん」
「…………」
 スプーンを持つ手を止めて、赫夜を見る。赫夜のマンゴープリンは半分近くに減っていた。
「何よ。食ってばっかりのねーちゃんだとか思ってるんでしょ」
「あ、いや……そういうわけじゃ」
 それはそうなんだけど。
「付き合っていく上で、食の好みの一致は大事よ。どうせだったら、おんなじもの食べておんなじようにおいしさを感じたいでしょ? 片方だけおいしいって思ってるのにもう片方が何でそんなもん食ってんだ、なんて思ってるなんて、そんなの嫌じゃない?」
 愉羽は、思わず笑った。
「苦労してるんだね」
「そうよ。やっちんは好き嫌いが多すぎる。……あ、」
 赫夜は、食べかけのマンゴープリンの器をかざした。
「ほら。お月さま」
 底の丸い器に入ったマンゴープリンが、半分近く欠けた月のような形をしていた。
「今日、丁度こんな形してたよね。もう沈んじゃったけど」
「弓張月っていうんだよ。矢を射る時の、弦を引っ張った弓の形に似てるから」
「ユウは物知りさんだねぇ。やっちんもミカも本いっぱい読むくせに、そういうこと全然教えてくれないよ。やっぱりユウが一番好きかも」
「ふふっ」
「ユウ」
 赫夜は一気にマンゴープリンを掻き込むと、愉羽を再び引き寄せた。急な姉の行動に、愉羽は驚いて思考も行動も停止させてしまう。
「ユウ。これからねーちゃん、ちょっと変なこと言うよ」
「……何?」
「キスしましょう」
 変なことどころではない。非常識にも程がある。愉羽は元々大きな目を益々大きく見開いた。
「はっ?」
「何かね、わたし、やっちんのこと好きだけど、やっちんに全部あげちゃうの、勿体ないなって。ユウはこれから、忘れちゃうか次に好きな人ができるまで、わたしのこと好きでいてくれるわけでしょ? わたしはユウのこと、可愛くて可愛くてしょーがないから、ユウばっかり辛い思いするのは嫌だし、やっちんばっかりいい思いするのは狡いと思う。だから、初ちゅーはユウとする。そうしたい」
「でも、ねーちゃん、おれ、ねーちゃんの」
「弟だからキスしちゃいかんなんて法律はないでしょ! 子どもができるわけじゃないんだし!」
「そりゃそうだけどさ」
「しよう! わたしの初ちゅーはユウにあげる。だからユウの初ちゅーはわたしがもらう、いや寧ろ奪う!」
「何だそりゃあ」
 愉羽は赫夜が好きだ。好きなのだが、たまについていけない。
「ん!」
 赫夜は目を閉じ、少し上を向くようにして愉羽の目前に迫った。
 昼間に塗ってあったオレンジのグロスがすっかり落ちた、サンゴのようなきれいな色の唇がほんの数センチ先にある。愉羽は緊張した。
「……ねーちゃん。ほんとに、いいの?」
 赫夜は目を開けて、睨んだ。
「何よ。ユウは口から孕ませられるの?」
「それじゃ妖怪か宇宙人だよ」
「ユウは人間だよね」
「人間だよ。親が人間だもん。あ、でも紅葉(くれは)は妖怪かもな。あの若作り具合が」
「わたし、もしかしたら妖怪か宇宙人かもよ。ほんとに竹から生まれてたりしてさ」
「じゃあ、本物のねーちゃんは?」
「竹やぶで食われたか、さらわれちゃったかもしんない」
 二人はそのまま、音もなく唇を重ねた。愉羽が恐る恐る、舌先で赫夜の唇をなぞり、思い切ったように中に差し入れていく。
「ん」
 吐息ともとれる小さな声にはっとして、愉羽は慌てて離れた。顔が紅潮しているのがはっきりとわかる。
「マンゴープリン味」
 同じように頬を赤く染めた赫夜が、笑った。
「どうしましょう。実の弟相手のキスがこんなにどきどきするとは思わなかったわ」
「おれも、実の姉相手のキスがこんなにどきどきするとは思わなかった」
「実の姉弟だからだったりして」
「そうかもね」
 二人は大声を上げて笑いたくなったが、真夜中なのでがまんして、肩を揺らしながら離れた。
「よかったね、最後に食べたのがマンゴープリンで」
 笑いすぎて出てきた涙を拭い、愉羽は残っているマンゴープリンをスプーンですくった。
「これが肉まんとかシャケのおにぎりだったら感動もクソもないよ」
「ほんとだね。べったら漬けとかだったらぶち壊しだよね」
「コンビニにべったら漬けはないでしょ……ねぇ、ねーちゃん」
 マンゴープリンを食べ終えて、容器とスプーンを足元に置く。
「もう一回、していい?」
「えっ。どうしようかなぁ」
「お願い」
 赫夜は、立ち上がった。
「しょーがない子ですね愉羽くんは」
「ふふふ」
 愉羽も立ち上がると、姉に抱き付く。
「いいなぁヤシオ。ねーちゃん顔キレーだし髪さらさらだし胸も大きすぎず小さすぎず程よいサイズでさ。こんないい女そういないよ」
 食費はかさむかもしれないが。
「よく一緒に住んでて手ェ出さないよね、東条さん。おれが東条さんだったら喜んでいただくのに」
「壬廉は好みにうるさいんだよ。だからいつまで経っても彼女できないの」
「あははっ」
 ねーちゃん、と呼ぼうとして、やめる。
「……かぐ、や」
 返事をしようと動く間も与えずに、唇を塞ぐ。今度は何の躊躇をすることもなく、まだ微かに甘い味の残る口の中へ侵入していく。抱き締める腕に力が入る。
 ふと、離れて、一息つく。腕の力も緩める。ほぼ正面に赫夜の顔があった。目線の高さがそう変わらない。出会った頃は、少し上だったはずだ。
「ねーちゃん、まつげ長いね」
「ユウも長いよ」
 赫夜は微笑んだ。
「紅葉さんにちょっと似てて、可愛い顔。でも、ちゃんと男の子だね。さっき名前呼んだ時、ちょっと声低かったし、ぎゅーってされた時、すっごく力強かった」
 愉羽の腰に腕を回して、きゅっと抱擁。そして、
「ほんと、不覚だよ。実の弟、しかも五つ年下の中学生にこんなどきどきしちゃうなんてさ。去年まで小学生だったんでしょ?」
 耳元で囁く。愉羽はぞくぞくした。
「勿体ないなぁ。顔よし頭よししかも金持ちで色気まであってさぁ、こんな絶品が他の女のものになる運命とは……いい、ユウ。絶対ろくでもない女に引っかかるんじゃないよっ、彼女できたらまずねーちゃんのところに連れてきなさい!」
「何だか娘を持った父親みたいだよねーちゃん」
「そうよ。ユウの嫁さんの品定めだってわたしがするんだからね。紅葉さんには任せらんないもん」
 そう言って、赫夜は愉羽から離れた。涼しい夜風に髪が流れる。そのさまを見て、本当にきれいなひとだと愉羽は心の底から思った。但し、黙ってじっとしていればのことだが。
 と、
「赫夜! 愉羽!」
 Tシャツに紺色のジャージ、しかも前髪を脳天でくくって小型愛玩犬のようになっている東条壬廉が走ってきた。姉弟の前まで来ると、ぜいぜいと息を切らす。
「このバカどもっ、遅いと思ったらこんなところで何やってやがんだ!」
 必死の形相に、姉弟は顔を見合わせた。
「ちょっと、」
「姉弟の語らいを」
「そんなのは昼間家の中でやれ! …………ああぁ、」
 壬廉は、愉羽と赫夜とをいっぺんに抱き締めた。二人は体重がかかるのを感じた。壬廉は脱力しているのだ。
「さらわれたのかと思った」
 鼻水をすすり上げる音が聞こえた。姉弟は驚いて、壬廉のうなじ越しにまた顔を見合わせる。まさか安堵の涙を流されるほど心配されているとは思わなかった。
 愉羽は壬廉の肩に、赫夜は壬廉の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。
「ごめんね、東条さん」
「ミカ、ごめんなさい」
「お前らなんか大嫌いだっ、もう絶対心配なんかしてやんねぇからな!」
 壬廉はどん、と乱暴に二人を突き放すと、牛乳の入った袋を持ってどすどすと歩き始めた。
「そこのゴミちゃんと捨ててこいよ」
 愉羽と赫夜は、同時に、
「ふっ」
「ぷっ」
 失笑した。地面に置いてあるマンゴープリンの空容器とスプーンを拾い上げ、くずかごに捨てに行く。
 赫夜は、にやにや笑っていた。
「ユウ。あんたも壬廉に愛されてるよ」
「えっ、嘘っ、マジ?」
「わたし、ちょうど十年くらい前にミカとケンカして家出したんだよね。その時と全くおんなじ。うじうじ泣きながら『もう心配なんかしてやんねぇ』って。絶対嘘。多分わたしかユウかどっちかが家出したり迷子になったりしても、あいつ必死になって探すよ。だってわたしのパパだもん。だから、ミカにしてみたら、ユウもミカの息子なんだね」
「おれ、やだよ。あんな親父」
「ふふ」
 自然に、手が繋がれた。前後に軽く振りながら、壬廉の後を追う。
「ユウ」
 赫夜が小声で言った。
「さっきの、内緒だよ。わたし、ミカに『嫁に行くまでキスとセックスはするな』って、言われてるんだから」
「そんなの律儀に守りなさんなよ。ヤシオがかわいそうだ」
「いいの。やっちんは後々堪能するんだから」
「ねーちゃんは、ヤシオのどこがいいの?」
「うぶいところ。可愛いんですよ、抱き付いてやったりすると」
「ねーちゃん。悪女だね」
「そう。魔性の女よ上島赫夜は。弟誑かしたりしてさ」
 愉羽は笑った。
 また口の中に、微かにマンゴープリンの味が広がった、ような気がした。





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 実の姉弟でキスとかありえねーwww

 とは思いますけども、そこはほら、長年離れ離れだったし、あと二次元なので、ね!





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HN:
半井
性別:
女性
職業:
ごはんをつくるヒキコモリ
趣味:
なんかかくこと
自己紹介:
チーズと鶏肉とまぐろとホタテでホイホイ釣られるチョコミン党員しょうゆ厨
原産:駿河国
生息:隠の里

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